▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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ホントは講義のつづき、いくらでも書けるんだけど、きっと読んでも面白くないと思うのでこのへんで。あとは自分だけの楽しみに。(ノートびっしり取ったし♪)

ただひとつだけ。



これは昔、東武美術館があった頃見に行った「富士の美」展で出ていたものですが、今から300年前に噴火した「宝永山」の様子。1707年12月16日の噴火だから、正確には300年と2か月ちょっと前ですね。(去年、噴火300年記念ということでいろいろあったようですが)

宝永の噴火によって富士登山のルートががらりと変わったのです。灰が重く積もり、東側つまり静岡のほうが壊滅的なダメージを受けました。そこで、吉田御師が山梨側からの北口登山を宣伝し、富士吉田は最盛期に突入しました。

「御師=おし」は、【御祈祷師】の「御」「師」が残った言葉で、いろんな講に重要な存在です。参詣する山の麓で宿坊を営み、参詣者の世話をする人です。伊勢講の御師だけは「おんし」と呼びます。

御師は地元を離れ、遠方まで講を広めに出かけました。一に「営業」二に「営業」。客取りは大変だったらしいです。

富士講に限りませんが、講の普及に関し「御師が先にいたのかそれとも講があって御師が発生したのか」を質問した人がいましたが、先生の答えは「卵が先か、鶏が先か……みたいなもんです(笑)」。

御師は誰かがどこかへ参詣したという噂を聞きつけては、そこへ出向き「○○詣では、よかったですか?」「講をつくりませんか?」などと誘ったりしたそうです。

そう言えば、私も富士吉田の御師のお宅で「講をつくりませんか?」と言われました♪


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プロフィール
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芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
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富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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