▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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だいぶ前になってしまいましたが、和光市3富士塚をめぐるツアーは、和光市の旧川越街道を歩くルートでもありました。



地図は、まだ「東京外環自動車道」も「笹目通り=主要地方道練馬/川口線」も「バイパス=254号線」もなかった昭和12年当時のもの。右端から上にかけて「東武鉄道」が走っています。今の東武東上線ですね。和光市駅は地図からはみ出ています。

実はこのあたり、現在は「川越街道」と名のつく道が3つあって、とても複雑です。地図のほぼ中央を通っている道に川越街道と記されていますが、これは県道109号のことです。一般的にはこれが「旧川越街道」と呼ばれています。後にできた254号線(右下の東崎橋から南西に向かって枝分かれして西に続く道ができた)のほうを「川越街道」と呼ぶことが多いからです。では、もうひとつの川越街道はどこかというと、くらやみ坂や大坂を通る(地図の中でピンクのドットが通っている)「旧川越街道」よりも古い、くねくねした道です。(ドットは散策コースのみ)
この道は、白子宿(白子富士の東側)を通っているので、本当はこれが「旧川越街道」で、江戸時代の川越街道を指すわけです。まあ、とにかくややこしい。地元の方も、会話の中で間違えるほどです。

↓現在はこうです。ややこしや〜。



その旧川越街道が、左端から下って川越街道と交わるまでは「引又道」、その先、くらやみ坂あたりまでは「浅久保通り」と呼ばれます。



引又道道標(庚申塔)は、旧川越街道と川越街道が交叉する地点にあり、



それぞれ「川越道」「引又道」と読めます。これが見つからない時は角の酒屋さんに聞くといいです。
「いやぁ。庚申塔は数メートル動かしちゃったんだよ」
「旧道?右へ行ってごらん。浅久保通りって書いてある」
「今は川越街道と言ったら254のことだね。車社会だから」



おじさんが熱弁をふるって教えてくれます。特にくらやみ坂のこと。
「昔はホントに真っ暗だったんだからぁ〜。傘を盗まれても全くわからないさ」
↓今はこんなに見通しがいいですが。



くらやみ坂の手前には、馬頭観音や代官屋敷などの見どころや、浅久保富士がありますが、笹目通りを越えて大坂に入ると、これが感動的。急な坂を下るのです。

昼間だというのに、妖怪が待っていそうな、しっとりした闇の気配。怖くはないけど、谷へとずんずん降りていくフシギな感覚はなかなかいいです。





道が舗装されているとはいえ、土地から立ちのぼる「水」の気配が漂います。民家からもきれいな水が。
酒屋のおじさんも言っていました。
「白子ってのは、水が湧き出ているっていう意味なんだよ」

大坂を下りきると白子宿に入ります。



こんなカッコイイ魚屋さんは白子富士のすぐ近く。

そうだった!そうだった!下新倉富士のことを忘れていました。
白子富士のある熊野神社を北に通り抜け、北上したのでした。

長くなってしまったので。。。つづく。(だいぶ、はしょったのになぁ)


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ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
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た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
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