▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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浅間神社の社殿を出て登拝をいたします。講の方たちは全員裸足で歩きます。


品川神社の正面石段を半分下ります。石段の途中に品川富士の登山口があるからです。先達は鈴を鳴らし、大麻(おおぬさ)を振ってお祓いをしながら進みます。





「六根清浄」の声が穏やかに響きます。


頂上には、富士山の方角に笹竹にくくられた注連縄(しめなわ)がありました。


その前で拝みをします。私も目を閉じると富士山の姿が見えました。有り難いです。




反対側の中腹にある小御嶽神社でも拝みをします。私なんか足元ガクガクなっちゃう急斜面です。


この丸嘉講は各地にあります。巣鴨、駒込、豊島、武州田無組、品川と刻まれています。「武州田無組」というのは清瀬市の中里富士を作った講ですね。

まずはお猿つながりから。


先達の素晴らしい行衣(朱印の余白がない!)の左奥に見えるのもお猿です。縫いぐるみのかわいい猿が提灯からぶら下がっています。お猿はこのほか、おかめ&ヒョットコの面を手に持つ石像のものもありました。


気さくにお話くださるE先達は現役でお山に行かれています。もちろん今年も。「初めて登ったのは昭和12年、講員としては34年からです。2度(喪中等で)行かなかっただけで、それから一度も欠かさずだよ」お生まれは大正15年!

「え?高山病になったの?急いで登っちゃだめだよ。私たちは『六根清浄』を唱えながらゆっくりゆっくり登る。少し行ったら休み、呼吸を整えてまた登るのです」その他、お中道の回り方(逆中道もあり)、大澤付近の怖さ、砂走りのことなどいろいろお話くださいました。お伝え本の解説まで♪

 
朝8時から始まった準備です。お掃除、飾り付け、昼食の用意などいろいろあってお忙しい。社殿の外にも講員の方たちがまめまめしく動いてらっしゃいます。



中に入ることを許されて撮った、社殿内左側、品川富士に面した祭壇とその上に掛けられた掛軸。鳥居や掛軸はいつもは先達のお宅にあります。


社の外には新旧のマネキがたくさん並びました。これは新しいやつ。


11時頃には品川神社から神主が来て神事が始まりました。(神主によるお祓いは昭和37年から始まり、以前は講の方たちだけで行なっていたそうです)


お山に向かってお祓い。


神主が去り、神職による儀式が終わると皆さんちょっと緊張がとけます(笑)。社殿内で昼食をとり(お赤飯のおこわと佃煮が美味しかったです♪地酒も♪)前日に仕上がった新しいお伝え本(ルビつき)など見せていただいたりして、しばし休憩タイム。先達は、テレビのインタビューを受けています。格子の向こうには品川富士ですよ。


それから講による儀式が再開。「拝み」です。独特の抑揚で「お伝え」を声に出します。


品川丸嘉講社に残るこの古いお伝えは御三宝に立て掛けて。


鈴(レイ)はかなり重い。これを鳴らしながらお山を登るのですね。もうひとつ、鈴(レイ)と呼ばれるものがあります。先達の前の小机の上にある、太い輪のようなもの。中は空洞になっています。これをひとさし指に通し、回転させると中に入っているもの(石?)が回って音が出ます。要所要所でふたつの鈴を鳴らします。

もっと写真を撮ってもよかったけど、自分も少しでも声に出したかったので、お伝え本を目で追うのに必死(笑)だったのです。また、神妙になっていたのでそれどころではありませんでした。文字からことだまになって、それが響き合うことに感動もいたしました。内容についてはまたいつか。
さっきまで眠っていた猿が目を覚ました。


そして、竹竿の先に立つ。

かつてその手に何が握られていたのだろう。今は素手で皆を見守る。
お山開きの様子はゆっくり書くかもしれません。なにしろ素晴らしい経験をさせていただきました。驚きの偶然もありました。一緒にお伝えも読ませていただきました。感動いたしました。先達をはじめ、丸嘉講の皆様に心より感謝の気持ちを申し上げます。

まず、こんなぐっとくる鳥居からアップ。


コンパクトに収納できるようになっています。自然木づかいが美しい。

朝から始まりました。千葉県市原市の富士塚、八幡富士。


遠慮しいしい写真を撮っていたら、


浅間講(このあたりでは富士講とは言わずこう呼びます)の方から「もっとこっちへ来て撮っていいんだよ」と言われました。


お山は目の前。美しく輝いています。


「ほら、先達から玉串奉奠が始まるよ。前から撮ってね」「は、はい!」


丸八講の方々の玉串奉納が終わりました。


と思ったらお神酒で乾杯。私も一杯いただきました。神様にお供えした「メザシ」もいただいて。


宮司さんが去られたら、今度はN先達による拝詞。


お山を仰ぐこの方の行衣には午玉(ごおう)の印。


午前中のまだ暗い森の中、八幡富士は次第に色味を増してきました。


はいはい、今年もとどこおりなくお山開きができましたね。


中央の方がN氏。丸八講という講の中の特に熱心な濱本(はもと)講社の先達です。今年、塚の入り口にN氏の名前で新しい講碑が建てられていました。(丸八講は、濱本町の人による講社と観音町による観音講社で構成されています)

この講はまだまだ活発に動いていますよ。
「例年どおり8月26日に富士吉田に行くつもりです」「お山じまいですね。どちら(御師)へ?」「筒屋です。外川家とは縁が切れたんだ」
後日調べたら、想像どおり、外川家が御師を廃業したからでした。なるほど。御師にも事情があるのです。


再び、先達の背中を見せていただきました。


直会はキャンプ用テントで。


その隣、神楽殿からはお囃子の気持ちいい音色が。


飯香岡八幡の社殿前には、まだ茅の輪が残っていました。


「神様にお供えしたやつだよ。ほれ、あんたもひとつ」と、富士塚の前でいただいたメザシ。最高に美味しかったです♪ さすが房総。
時間がたってしまいましたが、お山開きシリーズのつづき。


JR駒込駅の脇、本郷通りは線路をまたいで高架になっています。その橋にはちょっと粋なデザインが♪
これから富士神社へ向かいます。

駒込のお富士さんのお祭りは、6月30日、7月1日、7月2日の3日間あります。30日の早い時間に「万灯祭り」で町内を歩き、お山開きの告知をされました。(その時の万灯は頂上に設置)。天祖神社から宮司が来ての神事は1日朝。


これは30日の夕刻。露店の準備が出来て人が押し寄せる直前の図。正面の奥をよく見ると、富士さんの石段と頂上の富士神社社殿が写っています。


賑わいを見せる夜はここにたどり着くのにも少々時間がかかりますが、明るいうちは空いています。


頂上でも同じものを売っていますが、下の社務所には氏子(講中も含む)の方たちが待機していました。お客の少ない時間はまだお顔にうっすら緊張感がありますが、


2日後の最終日に再び訪れたら、こんな表情。ジョークも飛ばして楽しそうでした。「名物の落雁、買って行きなよ。昨日買ったって?2袋目でもいいじゃないか。笑」
私もノリで2袋目買っちゃいました。ちなみに去年まで雪のかぶった姿がまざっていましたが、今年はナシ。地球温暖化に合わせてではないでしょうが(苦笑)。。。氏子の方がすまなそうにおっしゃってました。この落雁は、元々町内の和菓子屋さんから売られていたけれど、お店をたたむことになったので、お祭りの際に神社から売り出すことにしたそうです。


落雁を出したらやはりこれも出さないとね。十条富士でもお馴染みの「麦藁蛇」。こちらでは「神龍」と呼びます。材料といい作り方といい、大きさは若干違いますが十条と駒込の麦藁蛇はよく似ています。実は両方とも昔から北区西ヶ原のK家で作られているそうです。江戸時代からの伝統です。

「ずいぶんたくさんありますね〜」「私ら頑張ったからね〜♪」「え、皆さんが作ったんですか?」「いや、蛇は出来たのが来てさ、それを枝に刺して仕上げたんだよ」「それはお疲れでしたね!ところで今年はガラスケースに入っている大きな神龍はないのでしょうか?」「ああ、今年は出してないな。それに、売るやつも今年は大きいサイズ(2000円)のはなくて小さいのだけに統一したんだ」「ふむふむ」


その後、講元(左からお二人目)からいろいろお話もうかがえました。「この神社の裏は昔、茄子畑だった」こと「境内の地下に防空壕が作られ、その時に掘った土をお山に加えた」こと「講員は約35名」などなどなど。。。(講員ってもしかしたら他の氏子さんもカウント?)と思ったけど、宮元講社→丸瀧講のお話になったので。。。私の結論は。。。「講は講です」


石段脇にある「下浅間社」に寄ると、


「昔はこの中でお焚き上げをしていました。講の名前は廿三夜講です」とおっしゃる方が。


ここには古い額がわんさか。「上がって撮っていいですよ」のお言葉に甘え、じかに見させていただきました。表記もいろいろ。「富士社」「富士神社」「富士大権現」とありますが、特に古い「富士大権現」をアップ。


最後にもう一度、登って一巡しました。山頂社殿脇で、ステキな表情に会えたのでこちらもアップ。


気づくと空はこんなに暮れてきました。ぼんやりお山の姿が浮かぶ。もう8時近いというのにこれからどんどん人が増えます。やっぱり縁日は夜が似合いますな♪


では、次回は「鎮火祭」に参りまする。

お山開きのレポートがまだまだ残っているというのに(あと、駒込、品川、八幡宿)ちょっとタイムリーだったので、割り込み記事です。

石碑の左に何か見える!

右に寄ってみる。ほら白いものが。ではズームで♪

やっぱりそうだ。一輪のユリ。鮮やかな白です。

昨日7月12日、埼玉県狭山丘陵にある「荒幡富士」に登ってきました。富士山のある「市民の森」を管理しているスタッフの方から「第一発見者ですよ♪」と言われて嬉しくなっちゃいました。今年の百合の開花のことです。登る前に「開花は明日以降でしょうね」と聞いていたのでした。


こんな姿のお山です。日傘をさす人ともうひとりが下山していますが、その少し右下に大きな石碑が見えます。百合は石碑と植込みの間に咲いていたので、下からは見えません。ちなみにこれはヤマユリ?オニユリ?

荒幡富士については後日くわしくね。
霊入れと呼ばれている神事は7月1日の午後(1時頃から約20分)あったそうです。残念ながら間に合いませんでしたが、後日いただいた画像で頂上での様子がわかりました。王子神社から宮司がいらして(富士神社は王子神社の境外神社です)講の方たちが浴衣姿で参列し、修祓の儀が行なわれました。

祝詞を上げ、お祓いをし、玉串奉奠(ホウテン)をしたということです。


登山口でお札や麦藁蛇を売る講の方達。去年の様子参照→お札 麦藁蛇


頂上で火の中に入れるお線香もあります。


「どれ買う?」「全部だよ」「あれ?お兄ちゃんは?」「もう登ってるよ」


護摩木はいろんなバリエーションが。この後一種類売り切れが出ました。ど〜れだ?(笑)


新旧の「御三幅」。外側の赤いのが古い。一番右が「小御嶽と大小天狗」、左が「五行御身抜」、左からふたつめが「このはなさまと書行と食行」


儀式の後の山頂石祠。玉串がこんもり。


ちょっと離れて見たお山です。右側から登って左に下りる。


露店のにぎわいの近くから撮った図。
イメージ写真のみでまいります。

ceremony

shrine

border

Miroku

guardian monkey

fairies

お山開きはおごそかに。7/1/2pm

富士塚の後ろ半分は立ち入り禁止となっているのですが、私が宮司さんにこの塚についていろいろ聞いていたら、「裏側に大きな洞窟があるのですよ♪」と見せてくださることになりました。

まず、右側の暗がりの中には


「泉瀧」、そして小御嶽神社の石碑と両脇に大天狗と小天狗。


そこから左まわりに行くとお中道に続き、途中から「下山道」を下りて来ると、


塚のちょうど真裏にこんな立派な「御胎内」が!(入り口の石碑は胎内とは無関係)
宮司さん曰く「子供の頃、よく中に入って遊んだんですよ。奥は深くて、左に曲ると3mくらいあるんです」そらスゴイ!


裏側が立ち入り禁止になっている理由はコレ。頂上からの下山道が後についているのですが、このように幅が短く急な石段です。以前人がよく落ちたのだそうです。
「安全に下りられるように、鉄柵をつけようかと考えたこともありますが、それもちょっと。。。」

「なるほど」


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ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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