▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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ふたつ下の記事に「水運」のことを書きました。

通説では、黒ボクは甲州朴(【朴】は石へんを打ちたいのですが)
という、甲州側からの溶岩を使っているそうなんですが
本当のところはわかりません。

江戸時代には、甲州からのボク石は、船で相模川を下り、
海路から江戸に運びました。

高田富士の場合は、神田川をさかのぼって牛込御門外の
揚げ場に揚げ、そこから荷車で運んだそうです。
揚げ場(あげば)は現在の飯田橋の対岸です。

ところで、学者が言うには、千葉県の浦安あたりはボク石が
手に入らなかったから富士塚には玉石が多いとのことですが、
私はそうとも思いません。現にふんだんにボク石を使って
いる塚もあるし、水路にはなんたって江戸川がありますもん。

江戸川の下流は富士講の盛んな土地です。
富士塚も多く残っている船橋が近い。浦安も近い。
ボク石が舟で運搬されたという説も読んだ記憶があります。

ボク石の少ない塚に関しては、費用が少なかったことと
江戸川区の塚によく見られる力石(力くらべのための)を
塚の下のほうに使ったことが理由かと思われます。
画像は、江戸川の支流にあたる「旧江戸川」です。

たぶんこの川もボク石を載せた船が下ったことでしょう。
この川の両側にはたっくさんの富士塚があるのです。
右岸は東京都江戸川区、左岸は千葉県浦安市。
手前は中洲というか、ちっちゃな島、妙見島です。

舞浜富士っていうのはジョークですからね〜♪
(デイズニーシーにあるプロメテウス火山です)

まずはカタく、石のことをちょっと書いておきます。

ボク(朴)石とも呼ばれ、簡単に言えば溶岩のことです。
火山岩の一種で、玄武岩質安山岩。地表に流出した溶岩が
変化ある形で固まったもの、とされてます。

富士塚には「お山の写し」としての使命があるので、
溶岩を使うのは当然ですが、江戸時代後期から江戸の地で
庭園にも多く使われるようになりました。
でも、京都や金沢では敬遠されたようです。
土留めなどには適するが、景石としては良石とはいえない
からでしょうか。

伊豆半島・富士山麓・浅間山・阿蘇山・桜島・那須地方など
の産があります。今は入手困難。

画像は富士山頂上の奥の宮で買ったお守りです。御霊岩!
溶岩としてはきめ細かい。ガラスの容器もイイ。

つづく。

猫実富士を少し離れてみます。
さすが底辺の直径が14mもある塚は、遠くからでもいい眺め。

ところで、

狛犬の台座にも溶岩(黒ボク)がふんだんに使われています。
これは土地柄といえるでしょう。水運に頼れる点です。

つづく。

御師、菊谷坊の前の松明では、富士講の人たちが集まっていました。
この後、地面に座り込んでの拝みが始まりました。
(画像は鮮明でないのでパス)

富士吉田でお会いした「強力」さん。
まだ引退はしていなかったと思います。

しかしその細い足で!

はおっている法被の染め抜きは、
江戸川区の講で、私がいただいた法被の山玉講とは違いますが、
同じ御師に世話になり、講同士の行き来もありました。
(江戸東京博物館で確認済です)

私はお神酒をいただいてほろ酔いの頃(笑)。

この法被、富士吉田の方からいただいたものです。

何年か前、「山玉講」のことを知った直後に火祭りを
見に出かけ、この法被をはおった方に出会いました。

この講は解散したと聞いていたので、なぜこの法被が?
と思いながらお話を伺いました。

これを着ていた方は講員ではなかったですが、お友達
に御師(おし)の方がいらしたので、わざわざ御師宅の
菊谷坊さんへ連れて行ってくれました。

★御師(おし)についてはまた書きますが、簡単な説明を。。。

 富士登山の為に富士吉田に来る富士講信者の、世話や
 指導をしたのが「御師」と呼ばれる人たちです。
 宿坊を営み、富士講を広める為に江戸に出て営業もして
 いたそうです。御師と信者は師弟関係にありました。

ある御師によって江戸時代の登山の様子の絵が残っている
んですが、シロウト絵ながら味のあるいい絵なんですよ〜。

ちなみに、この法被を着ていて最後に私にくださった方は
割と若い大工さんでした(お父様か家族の誰かが宮大工で、
北口浅間神社の大鳥居の袖柱を造られたとか……たぶん)。

はい。これは私の持ち物であります♪

しっかりした木綿の法被です。

下の「堀江富士」の石碑にも赤い文字で「山に玉」が
見えると思います。

数ある富士講の中のひとつ【山玉講】です。

講祖の清山玉行の名前からとった講名です。
清山玉行は天保7年には「六十六度大願成就」の碑を
建てた大先達でもあります。本名は田中屋清六。深川の出。
「三十三度」はよく見かけますから、これはすごいですね!

この講の分布は、江戸川をはさんで現在の東京都東南部から
千葉県西北部にわたる広範囲です。
ざっと深川〜葛西〜浦安〜船橋あたりと思っていたら、
深川、猿江、西町、浅草、神田、本所、本所横川町、
市川、船橋、堀江、猫実の名前が記録にあるそうです。

講紋の上に「舩橋」とあります。



庭園の築山と言ってしまえばそれまでです。が。。。

このようにちゃんと富士山のイメージを重ねてアプローチ
しています。ニューヨーク州のとあるジャパニーズ・ガーデン。

富士講はないですが、日系人だけでなく富士山を遥拝できます。

はい。

円錐よりも、これでしょう。銀閣寺の「向月台」。

このカタチがなんとも言えず「山」のイメージですよね♪



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っています。意外なところに
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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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