▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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葛飾北斎だったら、大胆にデフォルメしていた可能性もありますが、
歌川広重ですから、名所絵として忠実に描いたものと思います。

左は下の地図では池尻大橋近く【目黒元富士】(移転前は上目黒)
右は中目黒や恵比寿からも近い【目黒新富士】

江戸時代の風景をしばし思い描いて。。。

ついに幻の目黒富士、ふたつを探訪しました!

なぜ幻かというと……他の富士塚と違いこのふたつの富士山は、
よく神社ウラにあるような溶岩や石を積み上げた塚ではなく、
地形を利用した大きな富士山で、当時の面影は想像の域だからです。

でも、それだからこその面白い発見もありました♪ 
もちろん、石碑やもろもろ残ってますよ。

ふたつの富士の位置関係を簡単マップに落としこみしました。
目黒元富士と目黒新富士の間は、約1.8kmの距離があります。

これはいったい何でしょう♪

…………………………………             
    ヒント      

 左 : 左右 約7センチ

 右 : 左右 約3メートル
…………………………………

答えはのちほど♪

下の歌舞伎町の亀さんは、ひとまずおいといて。。。

やっぱり亀岩って大したもんだ。かも?
大正9年に描かれた亀岩大神を祀る掛け軸を発見〜!
亀岩にも神が宿っていたのですね。(笑)

なぜ猿がいるかというと、大正9年が御縁年という庚申の年だから。
拝む2猿に、みざる・きかざる・いわざるの3猿たち。豪華です。
書いてある「一里為一合也」というのだけはなんとなくわかります。

そして、なぜか天狗たちが亀をふんづけています。
こっちのなぜはわからない。だって天狗たちは五合目にある
小御嶽神社にいるはずですから。亀岩のある位置は七合三勺。
(まあ、絵札等はやがて何でもアリと、変貌したそうですので。。。)

ちなみに実際の亀岩は表面が剥落しはじめて、崩れてきているそうです。

★さて、明日は目黒富士(跡地)に取材です。
 ひとつ行けるかふたつになるか。。。

新宿歌舞伎町にもあった!!!
大泉、今井、猫実につづき、これで4つめ???
でも、まだまだあるかも。笑

画狂老人、つまり葛飾北斎による木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
の姿です。これには「木花開耶姫命」と表してますね。どちらもマル。

絵札などにはいろんなお姿があるけれど、私はシナをつくっているこの北斎の
絵がなまなましくて好きです。祭壇用には、正面向いた女神然としたたたずまい
が最適なのでしょうけどね。。。

この「木花開耶姫命」、実物を見ましたが小さいんですよ。
「富嶽百景」という三編からなる絵本がありまして、そのはじめに出てきます。

北斎が描いた富士というと、すぐ「富嶽三十六景」が思い浮かびますね。
赤富士などで有名ですから。でもそれは豪華な錦絵です。
こちらの「富嶽百景」は、単色摺りの綴じ本であります。

(「富嶽三十六景」刊行は1831〜、「富嶽百景」刊行は1834〜です)

実は北斎、自分より
67年前に描かれた河村岷雪の「百富士」を参考に「富嶽百景」を描き、
10年前に描かれた野呂介石の「紅玉芙蓉峰図」を参考に赤富士を描いた
とされています。でも天才ですから、オリジナル(?)以上に後世にインパクト
を与えてます〜。

ちなみに、まぎらわしいですが「富士三十六景」は歌川広重。
20年以上後のですね。

早稲田にできた富士塚第一号「高田富士」や、江戸中大人気だったふたつの
「目黒富士」のことはもちろん葛飾北斎も歌川広重も知っていました。

名所絵として、積極的に富士塚を描いたのは広重

富士塚は描かなかったが、大胆にも沖縄の風景に富士山を描いたのは北斎

私は北斎的ココロが好きです♪

木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)とお話していたようです。
相談者は富士塚の裏から下山したのか、姿は見えず(笑)。

頂上は3人がギリギリ立てるくらいのスペースで、見上げるほど長身の木花咲耶姫命
の石像の背後に石祠あり。お顔の好みはちょっと…と思いますが、足元の雲のカタチ
は、まあ悪くないです。私、きんと雲に弱いんです(笑)。

西新宿の成子天神社境内にある【成子富士】です。とにかくデカい。
普段は公開されませんが、大晦日から1月7日までの七福神巡りで登山できます。
すでに講の消滅した「丸藤講」により、大正9年築造となっていますが、もともと
天神山という小山があったものを富士塚として改造したものです。
新宿区内では一番新しい塚ですね。

高さ12mの円錐型です。お中道から上が急に勾配がきつくなっていて、ボク石
(溶岩)も多く使われています。
斜面に七福神の石像がボコボコ立っています。富士山に関係ないんですが。。。

急勾配を「くの一」気分でそろそろ上を目指しました。

でも……なにもあんな目立つようなとこでなくても。

んー。なんか相談事かな?

わたしはとうきょうのねりまくというところにうまれました。おうちからそとにでて、おおいずみがくえんのえきのほうにむかうと、くぬぎのきがたくさんあるひろいみちになります。そこへいくすこしまえでふりかえるとふじさんがよくみえました。ふじさんはちいさいので、じゃんぷしながらみました。でもふじさんはおおきくなりませんでした。ちいさいけれど、ふじさんはすきです。きれいだからです。

しょうがっこうのいちねんせいのとき、おしょうがつにへんなゆめをみました。うちのおとなりは、ささやさんという、とうえいのまんがのおしごとをしているおうちです。いつもおばさんにあそんでもらっていたのに、とつぜんささやさんちがなくなってふじさんになっていました。よくみるとおうちのそばにはくぬぎのきもありました。ふじさんはほんもののふじさんでした。でもいつもみるようなちいさいふじさんではなくて、てっぺんがみえないくらいにたかくておおきかったです。ゆきがかかっていました。めがさめて、おかあさんにそのはなしをしました。おかあさんはとてもびっくりしながらいいました。はつゆめにふじさんをみたなんてすごいわねって。わすれないうちにえにっきにかきなさいといいました。

それからすこししたら、おとうさんが、はるにてんきんするんだよといいました。てんきんというのはおしごとのばしょがかわるのでおひっこしをするのだそうです。わたしがちいさいころも、えごたからおおいずみにおひっこしをしました。でも、ちいさかったのでおぼえていません。そしてこんどのてんきんはしずおかというところです。がっこうのおともだちや、きんじょのみえこちゃんとさよならするのはさびしいけれど、みんなはいいところだからたのしいよといいます。そしておかあさんは、あたたかくてふじさんがちかいのよとおしえてくれました。

しずおかは、ほんとうにふじさんがおおきいでした。またいつかとうきょうにてんきんするから、しずおかにいるときにみんなでふじさんにのぼろうと、おかあさんがいいました。ふじさんにのぼるのかあって、わたしはそれからずっとふじさんのことをかんがえていました。しずおかしないにせんげんやまがあって、りふとにのるとやまのうえにいけます。でもふじさんはもっとたかいやまなのです。くもがそばにあります。わたしはよくわからないので、じっけんをしました。

おばあさんのへやにいって、まっとれすをみっつかさねてみました。すこしやまのきぶんになりました。でももっときぶんをだしたいので、おばあさんがきものをあらったときにはりつける、ながいきのいたをものおきからはこんで、まっとれすにのせました。そしてわたしはそのうえにのぼりました。がようしをくものかたちにきりぬいて、かべにはりました。やまのうえでおべんとうをたべたいので、こっぺぱんとまよねーずをだいどころからもってきました。まよねーずはすっぱいけれど、ぱんにのせてたべたらおいしかったです。いもうともきていっしょにあそんでいました。まっとれすにいもうとがのると、いたがおちるのでわたしがやめてといったらけんかになりました。でもたのしいかったです。

おばあさんがしょうじをあけて、なにしてるのといいました。ふじさんにのぼっているの、といもうととぱんをたべていたら、やめなさいとしかられました。でもまだあそんでました。またしかられました。


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富士山に登りたくても登れな
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関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
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地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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