▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
7月は本当にあちこちで行事があって悩みます。 悠々自適な身の上ではないですから、全部行くことはできません。時間を捻出してもどうにもならず、諦めることもしばしば。残念なことに、7月4日の品川富士のお山開きや12日の八幡宿のお山開きも断念いたしました。まあ、しかたありませんね。 自分にしかできないことをカタチにするのは、表現者としてあたりまえなこと。自分を媒体とし、自らの体験から創るスタンスでやっていますから、じっくりと向き合うしかありません。行けなかったことを悔やむより、出会えた御縁にスポットを当てていこうと思っています。(時間たっぷりある人がいい取材をするとは限らないもんね。要は感性だと思います) てなわけで、直感を大事にすると素晴らしい出会いにつながるという記事。 7月18日、この日は特に行事や祭はない日でしたが、ふいに千葉県市原市五井に行こうと決めました。ほとんど衝動的です。地図で見つけた「島穴神社」という名が気になり、目指すことにしました。 内房線五井駅に降りたらバスの時刻表に愕然。本数もないけど日曜日は全て運休とは。。。 目的地まで歩けない距離でもなかったけれど、炎天下、数キロの道のりでは倒れそう。いざという時しか乗らないタクシーを使いました。 しかし、クレジットカードが使えるというので乗ったのに、器械が作動しなくて(電波が届かず)やむなくキャッシュ払い。これにはビビッた! 実は、内房線に乗る前にSuicaにチャージしたため、五井に降りた時は、おサイフの中には1000円札1枚と100円玉数枚だけだったのです。 料金が跳ね上がる前に、神社のずっと手前で降ろしてもらいました。最後の1000円札と100円玉をひとつ渡しておつりを40円受け取りました。まいっか。朝炊いたご飯で作ったおにぎりを持って来たし、水もある。なんとかなるだろう。 すると路上にはこんなものが。注連縄があって、これも鳥居と同じこと。ここから神域ですね。うん。やはりタダの神社ではない。 数メートル先にはこんな道しるべ。 ありふれた道に見えますが、ここは神社に続く参道です。 いきなりスイッチが入りました。昔の人が大勢歩いているのが想像できました。 「いいの、いいの。こっちでいいのよ〜」と背中を押されるような感覚がします。 そして、いきなりあらわれた白鷺。何度も目の前を飛びながら、誘導してくれるかのようでした。こういう瞬間を大事にすると、出会いは違ったものになります。 田園の中の一本道を歩いていると、ふと種田山頭火の句「まっすぐな道でさみしい」が頭をよぎりました。さみしくはなかったけれどね。だって、白鷺は白雲に姿を変えて導いてくれてるし、 先回りして、田んぼのあぜ道で姿をあらわす♪ 「なぜそんなに早く歩くの?」そう聞かれた気がしました。 「もともと足が早いだけよ。それに暑い」 「水を飲んで。おにぎりも食べて」 そうだった。ここで行き倒れになってはいけない。 歩きながらおにぎりをかじりました。 でもフシギ。田んぼを見ながら白米を口に入れると、味わいが違うものです。漠然としながらも、お米が育つという自然への感謝の気持ちがお米の甘みを引き出してくれ、とても美味でありました♪ 農道は用水路にかかる小さな橋を乗せると、用水路と平行に続く。 舗装が切れたところで神社の気配。と思ったら前方にこんもりした森が見えました。間違いない。島穴神社です。幟も2本見えている。トラクターがやって来た。 ここで、ふと足元を見ました。道はカラカラに乾いている。 でも、今までひたすら歩いていたのに、なぜ突然足を止めたのか、自分でもわからない。地面をよく見ると、 小石の中に、溶岩が!!! ええ〜!私はこれに呼びとめられたの? そうとしか思えないタイミングで、自分でもビックリしました。まわりには、他に溶岩らしき石は見あたりません。これはやっぱり♪♪♪ 100mほど歩いて、無事島穴神社に到着しました。神気が強い(気がする)。 つづく。。。
ところで、なぜ三浦富士のお山開きは7月8日なのでしょう?
先達にお聞きしたら、 たぶん「八」という数字にこだわっていたからだろうとのことでした。 「富士山頂上の『八峰』や、『八斗』『八合』『内八海』『外八海』の八もそう」 すると、すかさず 「それに7月1日は先達が不在じゃありませんか〜。富士山に行かれるから」 とツッコミが入る。 先達は、6月30日から富士吉田の行者パレードや、大塚丘(おおつかやま)、小御嶽神社でのお焚き上げで忙しい。 そう言えば、先達さんから今年の登山手形をいただきました。これは土産物の登山手形と違い、富士山のお山開きの時だけ頒布される、北口本宮謹製の貴重な品。毎年柄が変わりますが、今年は太々神楽。(昨年はコノハナ)。立派な手形です♪ さて、私は奥宮の石碑を撮影し、 頂上を振り返りながら、登って来た道とは別のルートで下山しました。長沢駅を目指してです。 でも、麓からも駅まではかなりの距離がある。先に下山した氏子の方たちに 「津久井浜駅まで車で送ってあげよう。浅間神社の参道は津久井まで続いているんだよ」 と言われましたが、時間の都合で断念。 汗だくになりながら一気に集落へ下り、畑の横をてくてく。前方に見えるのは海? 鳥居まで下りてきました。 近くにはこんな看板がありました。ハイキングコースらしく、イラストで表示されています。三浦富士は、頂上だけちょこっとイラストになっていますが、実はかなり大きい。(若宮神社の位置ももっと北です) 正確な山の形はわからないけれど、イメージしやすいように緑色で丸く着色してみました。 このマップによると、頂上に向かう道はYの字に3本ありますが、(西の武山側から入る道は別として)南からの道を「富士宮口」、北東からのほうを「吉田口」としています。さらに、イラストにはないけれど、須走口と半中道まであるのです。 三浦富士は、都心のような人工的な富士塚とは違うけれど、北関東にあるような浅間山とも全く違う。富士山の登山道を再現し、中道もあるとは……明らかにミニチュア富士として信仰された地元の富士山です。頂上を境に、長沢と津久井の村が三浦富士を二分しているのは、富士山が静岡と山梨に分かれているのに似ていますし。 ちなみに私はまだ先達の丸伊講しか知りませんが、三浦半島には浦賀や大津など十数もの富士講があったそうです。 本当に三浦半島のミニ富士は独自の魅力がありました。 ハイキングを兼ねて、オススメ度★★★★★!
完全に燃え尽きた線香は、塩の上で線状の灰となって横たわっています。
下に敷いた手拭いを持ち、 塩ごとくるみます。 形を整えて、 「塩加持」です。背中の上部中央に「気」の入りやすい場所があります。紋付の紋の描かれるところと言えばわかりやすいですね。そこに塩を押し当て、その後、背中の何か所かに移ります。 手前は塩加持を受けている私。 塩は熱い! でも熱すぎず、じんわりと体の中に気が入ってくる感じがします。炎と言霊と富士山からの霊力が凝縮されているわけですから、それはパワフルですよ〜♪ 向こう側には、膝を患っている地元の方がスタンバイ。背中以外に、膝にもお願いする方は多いです。 若い衆ももちろん、ありがたく受けます。 「気持ちいい〜♪」と、こちらも常連さんのよう。 膝はこのように立てて。 「塩の量は今回は1kgだけど、多いときには4kgだね」 皆様、ありがとうございました! 天上での加持祈祷は、なかなか受けられるものではありません。素晴らしい体験をさせていただきました。多くのものをインスパイアされ、ありがたく下山しました。
「煙で『自祓い』をしてください」
参加者は、火のついた一本の線香を手渡されます。手水で浄めるのと同じことですね。線香を胸のまわりにかざし、しばし煙を身にまといます。 富士講では、線香は富士山を模して三角錐に立てられます。通常、土台になるのは拝み箪笥の中の火鉢の灰ですが、斎藤先達は独特の「塩加持」をされるので塩の上です。 遥か下界が見渡せます。私たちは富士山の頂上にいるのです。 この183mの山は、火山ではなく、また他の富士塚のように人工的に造られたものではないけれど、お焚き上げにより地元の富士山が火山の霊性を宿すことになる、と考えられます。 拝みはふたりの行者により、しだいにパワフルになります。ふと見ると、斎藤先達は数珠をいろいろと持ちかえていました。 全体を持って揺らしたり 主となる珠(たま)に霊(たま)をこめたり 奥宮のふたつの石祠側から見てみました。祠は富士山の方角ではなく南を向いています。先達によれば、麓のお寺の方角を向いているそうです。この富士山の管理をしているお寺(名前は忘れました)でしょうか。 では、先達の背後から覗いてみます。 お札のお浄め等ありましたが、主なものだけアップ。 石州紙のお題目は瞬時にして燃え上がり、上昇して消えて行きます。 つづく。。。
頂上に着いたら、はからずもゼイゼイしてしまいました。想像以上の険しい山道で、顔から汗が噴き出していました。
寝不足でもありました。前夜、神仙道の本を読んでいたら面白くなって、夢で仙人に出会いました。それも女の仙人。吉野の金峯山に挑んだ女仙「都藍尼 とらんに」だったような(笑)。。。 まあここも、仙人が飛んでいてもおかしくないほどの眺望です。 遠くに、三浦半島の西海岸が見えます。左は東海岸も見えていました。 「今朝はここから富士山が見えたんですよ♪」と氏子の方。 頂上には、大きなテントがすっぽり。中に浅間神社の氏子衆が集っていました。 そして、丸伊講の斎藤先達も。嬉しいことに松尾先達にもお会いできました。あれあれ?夢に出てきた女仙って、彼女だったのかも?いやきっとそうに違いない! 斎藤先達はいつもテンション高くてめちゃめちゃ明るい。 「やぁ、よく来たね。ちょっと痩せたんじゃないの〜?」 次のお焚き上げにはまだ時間がある。氏子さんからの差し入れビールで、益々上機嫌の先達。背後に見えるのは、浅間神社の奥宮です。 ここにはふたつの石祠があります。津久井村と長沢村の富士山だからです。金属製の赤い鳥居と、富士山型の燭台が個性的。 「これは和蝋燭ですか? でもカタチがちょっと違うな〜」 「和蝋燭の時もあるけど、これはただの洋蝋燭だよ。」 「でも炎が大きくて強い。風でも消えないですね」 「蝋燭に、濡らした紙を巻いているんだ」 「赤い鳥居って、市原の八幡宿富士にもありますね。永嶋先達のとこの……」 「あ、聞いた? 永嶋さんは残念だったね」 「はい。昨年の火祭りのすぐ後に……。驚きましたよ」 昨年亡くなられた先達の話でちょっとしんみりしたりもします。 しばらく雑談しているうちに、汗はすっかり引いていました。前日の雨もウソのようにいい天気。南からの風が極上の御馳走です。贅沢を言えば、富士山を見たかったな〜。この後、氏子さんたちからお弁当と美味しい漬け物をいただいて、すっかり遠足気分になっていました。 朝6時に集合した氏子の方は睡魔に襲われて。私もちょっと寝ころびたい。 でも、そろそろ次のお焚き上げの時間ですよ。 新しい火がつきました。 つづく。。。
お山開きは7月1日だけではありません。横須賀の「三浦富士」は、毎年7月8日です。
地図で見ると「富士山」という表記になっている、ここは標高183mの自然の山です。京急の長沢駅またはYRP野比駅から登ります。行きは野比から登りました。 登り始めてすぐ、森の中に入ったと思ったら「若宮神社」がありました。 といっても、迎えてくれるのは狛犬と石塔と石祠だけ。そのシンプルなたたずまいは感動的。 静けさと木々の濃さに、熊野古道を思い出しました。 降り注ぐ夏の光。鳥の声。ああ、来てよかった♪ 途中、かなり急な山道もありましたが、「六根清浄」とつぶやきながら歩を進めました。 ハイキングコースにもなっています。 20分ほどで頂上が見えてきました。 つづく。。。
十条富士の麦わら蛇を出したら、駒込富士の神龍も出しておきましょう。
材料と作りは、十条のものと同じですが、雰囲気が微妙に違います。 そして、駒込富士にはもうひとつ気になる縁起物、富士山の麦らくがんがあります。 これにはみっつの魅力があります。 まず、そのすばらしい「シェイプ」。シンプルかつ完璧なカーブとモデリング。 ふたつめは「隠れキャラ」。というとオーバーですが、袋に入っている約30個のらくがんの中に、雪のかぶった富士が混ざっています。その数2個〜7個。このアソビゴコロがたまらない! 昨年は、この雪のせ富士がなかったのですが、今年復活して嬉しいです♪ そしてみっつめはその「お味」。香ばしくてとても美味です。和菓子をほとんど食べない私も、これにはうなりました。湿気らないうちに食べるべし。 須藤拓也氏の銀彩豆皿にひとつ。銀はかなり黒ずんでしまいましたが、お気に入りの器です♪ 椅子のアームに乗せて撮影。 それから、下谷坂本富士のお山開きの蛇土鈴(左)。昨年は売り切れで買えず。 右側は2年前のものですが、土の色とディテールが違ってました。音の高さも違います。ちなみにその右側は小さな花器(徳田吉美作)で、これも上部は銀です。(私はつくづく銀が好きなのだなあ。。。) 以上、いただいた縁起物のお土産です。NさまRさま、感謝です♪
7月1日はホントに大忙し。朝に山開きの儀式があると思えば、夜は祭で熱気を帯びる町がある。こちらは夜編。この日最後のロケ現場、十条富士へ向かいました。
日光御成道でもある岩槻街道に到着すると、空は藍色がかって深みを増していました。旧道は、地面から異様な熱気が立ちのぼり、すれ違う人々も浮かれ目をしている。前方の森が十条のお富士さんです。 ひしめく露店から、いろんな匂いが混ざって流れてくる。 祭びとの望む早さで、闇が一気に降りてきました。富士塚はもはや形が見えない。 登山口が、見世物小屋のように妖しげです。 祭の時だけ小屋の立つ、ここが富士神社で、 昔と変わらぬ御三幅と御神体がお披露目されています。 お富士さんの登山口。人々は列をなして登って行きます。まるで宇宙船に吸い込まれるかのように。 毎年おなじみのお札や護摩木や線香の中で、ひときわハデなかたまりがありました。「麦わら蛇」(神龍)がバージョンアップしたのでした。 「麦の穂を切り落とさないで、うまく使ったんです」 富士講の世話人、Sさんが誇らしげに教えてくれました。麦穂は龍のヒゲとなって、確かに迫力が出た。枝振りの……じゃなかった、ヒゲ振りのよいものをSさんが選んでくれました。 講の方たちは何だか以前よりも熱心でした。岩槻街道の拡張計画のため、富士塚はそう遠くない将来に取り壊されることになっています。塚が消えるまで、彼らは地域に残ったハレの灯を燃焼しようとしているのでしょうか。とても熱いものを感じました。 富士塚の頂上では、お焚き上げの火が例年より遅くまで燃やされていました。
焼そばの後は、山梨に戻って「胎内」へ。
でもその前に、先週の7月1日のお山開きショットをいくつか。 唯一この日にだけ登拝できる池袋富士。過去に何度もアップしているので、あまり多くは語りません。スナップを中心に。 御胎内は塚の裏側。中に入ってすぐ左折すると下山道の真下を通り、木の根まで約3m続いている。オトナには入れませんけどね(笑)。さすが非公開ゾーンにあるこの胎内、中はとてもきれいでした。通常、富士塚の胎内は清掃の盲点で、おヘソのゴマのように気づくとゴミがたまるのです。 コミタケを挟んで、(小)烏天狗 & 大天狗。棒立ちでなく体の重心の取り方がいい♪ 動きが出てポーズよし。天狗はホントにバリエ豊富。そのうち、私による「富士塚天狗番付」を発表しますから♪ 木漏れ日が、正面登山口の母子猿にやさしくスポット。と思ったら「クリア待ち」。TVカメラも地元の方に譲ります。ススッと来られ、体を折り曲げて拝むトロピカル婆ちゃんは、拝み終わってもこの姿勢のまま退場されました。(腰の曲った方は、登山できても下山が困難。そんな方には後ろ向きに下りる方法が。でも、できれば登山は避けてね) 「昔はここでよく遊んだよ。ああ、コンクリじゃなくて土だった。もちろん毎年来てる。でもいいねぇ〜。ここで40年ぶりに友達と再会したことあるよ」 帽子がオシャレな役者さんでした。
「450年大祭」参加と人穴参り、そして冨士教での直会を経て、一行はある店を目指しました。せっかく富士宮に行くなら「富士宮焼そば」を味わってみよう、と当初からプランに入れていたのです。
私以外は山梨の住人で、そのうち富士吉田在の2人はなかなかこちらに足を延ばすことができない。特に御師を営む筒屋の奥さんは、いつも忙しくて外に出るチャンスも少なかった。人穴も初めてとのことでした。濃〜い時間の後は、お楽しみのひとときも入れなきゃね♪ Kさんが知っていた名店はあいにく閉まっていましたが、ふと見つけたお店でおいしい焼そばに出会えました。 いくつか種類はありましたが、私が選んだのはミックス。麺がモチモチっとうまい。トッピングの卵がマイルドにからんでいました。実は、直会で大きなお弁当をいただき満腹だったのですが、これは別腹(笑)。有り難く食しました。 ところで、ちょっと筒屋(づづや)さんのこと。かつては数珠屋(づづや)という屋号でした。当主は代々、北口本宮冨士浅間神社の神職につき、奥さんの御子息である現当主も権禰宜(ごんねぎ)です。曾祖父は、角行の文書を元にした年譜を残しております。 人穴にて、角行の真筆についてふれましたが、筒屋の奥さんも「そう言えばうちにも大事なものが」と言い出しました。それが何を指すのかは、彼女を含む家族も見ていないからわからない。開かずのトビラはまだまだ各家に残っているのです♪ 研究家にすれば悩ましいことでしょうが、これはとても素敵なこと。だって【史実 < ロマン】です。ビジュツ家はイマジネーションを大事にしなきゃね♪ |
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プロフィール
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芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
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▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
………………………………… 富士山に登りたくても登れな い人たちの為に、江戸時代に 関東各地に造られた「人造富 士山」のこと▲です。富士山 を信仰する▲▲▲富士講によ るもので▲▲▲▲▲したが、 地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富 士山が出来たことで、多くの 人が登山でき、大流行しまし た。民衆のパワーですね♪♪ 富士山の溶岩をのせ、一合目 から頂上まで登れるようにな っています。意外なところに ひっそりたたずんでますよ。 ………………………………… ▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼ ………………………………… 美しい作品も好きだけど、コ ンセプトありきで表現するこ とに喜びを感じるビジュツ家。 表現形態はこだわりません。 現在、富士塚のコンセプトに インスパイアされ、色々な媒 体で表現。著書の【ご近所富 士山の謎】【富士塚ゆる散歩】 も、私にとっては作品です。 なぜ富士塚か……それは、海 外生活での体験から。詳しく は本のあとがきに記してあり ます。 ★★★★★★★★★★★★★ お問い合わせ、ご連絡は↓ y♡k♡◆ris◆k◆.◆rtist★gm◆il.c♡m (♡をoに◆をaに★を@に変えて 入力して下さい) ★★★★★★★★★★★★★ 掲載の写真・イラスト・文章等の 無断使用・転載は御遠慮下さい ★★★★★★★★★★★★★
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