▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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下界から見えていたアンテナは、塚の背後の住宅のものでした。昔はこのへん野っぱらだったのに。。。

何年ぶりかで訪れた懐かしい富士塚は、いろんな受難にあっていました。悲しいけれど、現実です。
少なくとも、この富士山が新しく移り住んだ人たちに親しまれていたらいいなと思って、塚を降りました。

中里富士とも、八坂富士とも呼ばれています。
中里富士は同名の富士塚が清瀬市にあるので、区別するため一般的にはそう呼ばれませんが、なじみがあるのは「八坂のふじさん」。八坂神社にあるからですね。(その一帯も八坂の名前が使われています。確かに坂だらけ!)

大泉とは言っても、広うござんす。大泉学園、東大泉、西大泉、南大泉、北大泉、名前も変わって北大泉が大泉町になったりと……。他にもあったかな?私が幼い頃に住んでいたのは南大泉。西武池袋線の大泉学園の近くでしたが、八坂富士に親しんだ頃住んでいたのは北大泉で、現在は大泉町と改名。こちらはどこの駅からも遠く、バスに乗って行きます。

さて、
昔、富士塚へのアプローチは現在使われていない坂です。この「富士浅間神社」と書かれた額のある鳥居の前はガケっぷちの草むらです。住宅がたくさん建てられた現在、一帯は入り組んだ地形になっています。

それにしても、頂上に目をやるとアンテナらしきものがジャマですね〜。

私が初めて自分で富士山を「つくった」のは、幼い頃ですが(笑)、もうちょっと大きくなって「富士塚」に出会ったのは、当時住んでいた練馬区大泉のこの富士塚です。家から歩いてすぐ。気分転換によくふらっと出かけました。

その頃この塚を、ぼんやりと「イミテーション富士」と思っていた。でも富士塚マニアになって訪れてみると、石碑は多いわ歴史はあるわで、つくづく縁があったのねと思う次第です。

季節はずれの画像です。今年の正月のだから植木が茶色い。夏に行くと鮮やかな緑がうっそうとしていて、草いきれの中の登山が楽しかったりします。

ボク石ゴツゴツの東京東部の塚と違って、西部のそれは、植木で覆われていたり丘陵を利用したものが多いですね。これは約8mの大型。子供も大人も登って楽しんでます。

こんな画像をアップしたくなりました。

富士山撮影の第一人者、大山行男さんの作品で、富士山の火口から空を見上げた一枚です。

「内院」と呼ばれる富士山の火口は、昔から別の世界と考えられていたように、霊気漂う特別なところです。

大山さんは、富士山には「三種の神器がある」という仮説の下、それは何かと探したそうです。

三種の神器とは、

天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)
八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)
八咫鏡(ヤタノカガミ)

ですが、それらになぞらえて大山さんが探したのは、
【剣】は頂上の「剣ガ峰」。
【勾玉】は下界に横たわる「山中湖」。
そして苦労の末ようやく発見した【鏡】がコレ。青く光る円形の空は、神鏡のようです。

そんな感性の持ち主が撮ったものはいつも、どこかしら霊的であります。



【長津田メタル富士】の場所は、横浜市緑区長津田にて。
  ↑クリック

横浜と町田の間ですかね。JRまたは東急「長津田駅」下車徒歩7分です。

2週間後です。富士塚に登拝できるのは、10/13日(土)ですよ〜。

富士塚を後にする時は何となく寂しい。「また来ますね」と心の中で語りかけながら、広い境内をゆっくり歩きます。ふと見上げると参道脇のイチョウの大木は銀杏が鈴なりでした。

誰が置いたか、狛犬におすそ分け。遠景もサマになるお気に入りの富士塚であります。

胎内(右下)の中の石碑は、悲しい姿なのでアップしないでおきましょう。「仙元大菩薩」(仙元=浅間のこと)と刻まれた碑が半分埋まったまま無惨に放置されているのです。このことを知る人はほとんどいないでしょう。ここの講は解散しているし、残念ながら神社の神官たちは富士塚のことを理解していない。私はそっと手を合わせることしかできません。もしそれを掘り起こしてちゃんと奉ったなら、この地区にもっといいことが訪れるかもしれないんですけどね。

そして、赤い賽銭箱の左に目をやれば、花崗岩ぽいプロックが付けられているのに気がつきます。私は前から気になっていました。もしかしたら、ここが胎内めぐりの洞窟の手がかり???

ちなみに塚の正面は左側にあります。


「猫実富士」には、おばさんが子供の頃から睨みをきかせている天狗像のほか、見どころがたくさんあります。

手前の胎内については書いたでしょうか。

噂では、かつて富士塚の下に胎内めぐりができる大きな洞窟があったとのことです。まわりに土が埋まって穴もふさがれたと。私が見たところ、それはなかっただろうと思いますが、そうだったらスゴいですね。現在この中には大事な石碑が放り込まれています。

「見てごらんよ〜。ほれ。こないだっからずっと見張ってるんだけど、こんなに大きくなっちゃって。食べられるんなら持って帰るんだけど。なんだろね。硬いんだよ。食べられるかね〜。ほら、触ってごらんよ。うん。こないだっからずっと見張ってるんだけどさ。ほれ。こんなに大きいよ。持って帰って食べちゃおうかと思ってさ。なんだろね。硬いんだよ。あっちにも生えてきたよ。こないだっから…」

自覚があるのかないのか、聞き手を得た喜びにおばさんのおしゃべりは止まらない。
富士塚を覆う大木の根っこには毒々しいきのこ。

「子供の頃、暗くなるまで遊んでると叱られたもんだよ。天狗に」

「え?天狗に?」

「親にだよ。あそこの天狗がこわいだろって」

「あはは。小さい時は今よりずっと大きく見えたでしょうね」

「そうそう。子供の頃、暗くなるまで遊んでると叱られたもんだよ。天狗に」

「親にですね」

このおばさんのお宅は富士塚のすぐ裏です。
そしてそのお隣には、外から家に入る前に、天狗像に向かって手を合わせるおじさんが住んでいる。


富士塚と育った人はいるはず。

と、思っていたら、
天狗像(同じく浦安の「猫実富士」)を背後から見上げていた時、愛嬌のあるおばさんに声をかけられました。
「私は75になるまでずっとここだけどね、子供の頃、この天狗が怖くてね〜。」

ほらいた!

つづく。


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地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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