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現在八重山にはジュゴンは一頭もいません。(確認されている北限ジュゴン数十頭は沖縄本島付近です)でも、八重山ほどジュゴンと密接なところはなかったのではないでしょうか。


いくつかの島々(石垣島、小浜島、黒島、竹富島、新城島)の、古い歌謡にも出てくる(ユングトゥ、ジラバ、ユンタ等)など、ジュゴンの存在は日常生活の中にあったようです。八重山でジュゴンは「ザン」と呼ばれ「海馬」と表記されてました。



例えば、竹富島の「ざんぬユングトゥ」にはこんな歌詞で出てきます。



道端みっきやー…………………………道端に住んでいたミッキヤー

川端(カーバタ)かーりや、ばぬと……川端に住んでいたカアリヤー

三人(ミタイ)ぬむにぬどう……………と私の三人の言葉です

東(アイ)ぬ浜(ハマ)なはんまな………東の浜に

ざんなまぬ 寄(ユ)りんと……………ザンが打ち寄せられているそうな

たど見(ミツ)たね目(ミ)ぬど…………だれが見たか、目が

見(ミツ)たとう…………………………見たそうだ

たど聞(ヒ)くたね………………………だれが聞いたか

耳(ミン)ぬど聞(ヒ)くたとう…………耳が聞いたそうだ

たど走(ハ)つたね………………………だれが行ったか

足(パン)ぬど走(ハ)つたとう…………足が行ったそうだ

たど取(ト)つたね………………………だれが取ったか

手(テ)ぬど取(ト)つたとう……………手が取ったそうだ

たど食(フオ)つたね……………………だれが食べたか

口(フチ)ぬど食(フオ)つたとう………口が食べた

食(フオ)つたる口(フチ)やくらさな…食べた口は叩かず

尻(スビ)くらすった、尻(スビ)や……お尻を叩いたら、お尻は

泣(ナ)なー、目(ミ)ぬ泣(ノ)つたー…泣かずに、目が泣いた

鼻(ハナ)やすぶんてー…………………鼻も涙を流したそうだ



伝承話では違ったニュアンスもありますが、興味深いですね。
このように、ジュゴンはかつては食の対象(または食の興味の対象)でした。しかし、八重山諸島のひとつ「新城(あらぐすく)島」だけはジュゴンにまつわるつらい歴史があります。


ジュゴンの肉が珍味であることまた不老不死の薬と扱われた理由で、この島はジュゴンの肉を献上すべく首里王府によって漁を強いられました。首里では中国からの冊封使(さっぽうし=琉球国の国王が交代するたびに中国皇帝が使者を派遣して新王を承認しました。その皇帝の勅使たちのこと)を歓待する宴にはジュゴンの肉をふるまったそうです。通説ではあの悪税「人頭税」としてジュゴンを納めさせられたと言われていますが。


歴史を書くにはスペースがないので、祀られるジュゴンについて進めます。


ふたつの島からなる新城島は神高い島とされています。島にひとつずつ、ジュゴンの御嶽(うたき)=「アールオン(東御嶽)」と「ナナゾウワン(七門御嶽)」があります。
御嶽にはジュゴンの骨が納められているそうです。決して近寄ってはいけない神聖な場所なので外からの撮影も禁止です。


私は5年前にこの島のひとつを訪れました。隣の黒島から数人のシュノーケリングツアーで上陸しました。ガイドの人が島の区長(公民館長)さんに挨拶をした後、ジュゴンの御嶽以外を案内してくれました。人口が5人ほどの島は、静かに夏の日射しを受け、独特の空気を放っていました。集落や浜の他、私たちは豊年祭が行なわれる「ナハウガン」、そこに近い「イルオン(西御嶽)」に立ち寄りました。ジュゴンを祀る「アールオン(東御嶽)」がこの地続きにあるんだ……と少し緊張した気持ちになりながらも。


(私が行った2か月前には「やしの実大学」の公開講座で、公民館長によるワークショップがありました。参加したかったな)


秘祭とも呼ばれる神事がある島だと知ったからでしょうか。ジュゴンの御嶽があるからでしょうか。確かにその島は違っていました。太陽の光が濃いのです。風が吹いてもなぜか密なのです。でも、とても清清しい気持ちでいられました。おそらく太古からその空気は変わっていないでしょう。その「なにかフシギな感覚」こそ神高いとされるゆえんでしょう。


神格化されたジュゴンは私にとってGODDESSでもマーメイドでも構いません。
島の土を踏みしめ自然神に対する畏敬の念を味わえたのは、有り難い贈り物だと思いました。


画像は「タカニク」と呼ばれる火番盛です。頂上から他の島々がよく見えます。
(御嶽でもよかったけど、こっちが富士塚に似てるから。笑。当時セピア写真に凝ってましたー。)

はい。ジュゴンです。

最近は知っている人も増えましたが……海棲哺乳類の1種。ジュゴン目(海牛目)ジュゴン科に属する生物であります。人魚伝説のモデルとなったということで記憶されることも多いでしょう。世界中で10万頭程度、そのうち北限の50頭未満のジュゴンが今、生存の危機です。毎日のようにジュゴンの命を脅かすニュースが伝わって来ます。
ジュゴンを守ろうと活動家たちも大勢います。

さて、ゾウの祖先が海に入って進化したと言われるジュゴンは「菜食主義」です。彼らの食用となるのは海中のアマモ等「海草類」。海藻類ではありません。実はアマモも陸上の植物が海に入って適応したのですから、深いつながりですね〜。

ちなみに、マナティーも同じく海牛目でジュゴンに似てますが、海にしか住まないジュゴンに対してマナティーは川が多いです。また、尾ビレが全く違う(ジュゴンは三角、マナティーはしゃもじ型)し、顔も違う。

私は数年前「美ら海水族館」のマナティーに会ってきました。でも、ジュゴンに会うには鳥羽水族館しかありません。(飼育は世界でここだけ!)

下の骨格展示は、今月オープンしたばかりの沖縄県立博物館にあります。先月、取材のライターに同行させてもらった折、暗い館内で撮影したスナップです。奇妙な雰囲気なのは公開前だからです。でも暗がりの中、数ある生物の骨格展示のうちこれだけが、妙に何か語りかけてきているような気がして、撮らずにはいられませんでした。

そして、その手が5本指であることにいたく感動し、案内の学芸員の方に「ジュ、ジュゴンですね!?」と問いながら心の中でGODDESSを連想していました。

【水の中のGODDESS】

生身の生き物、それも未だナゾにつつまれる、ヒトではない生き物がGODDESSとは!?
でもGODDESSについて考える私にとってはこれも自然な思考の流れです。実在の人物が起源であっても偶像でも、性別があいまいであってもなくても、ヒトとしたカタチであってもなくても……GODDESSの共通項はひとつです。ここまで読んでくれた方には、キーワードを出さなくても伝わっているでしょうからそれは伏せておきましょう。あえてヒントとしては「ジュゴンさん、ありがとう」ってことでしょうか(笑)。

ジュゴンにひかれる人は、その姿形がかわいいからとか無抵抗な菜食主義者だからとか、生存が危ぶまれる政治的な現状を背景とするからとかいろいろあるでしょうが、やはり母性を象徴とした姿が一番強いでしょうね。(イルカとも違い、立って子供に授乳するジュゴンには胸に乳があるそうです)

たとえ5本の指がヒレの中に隠れていても、そのヒレで子を抱く、包む。その行為は、水の中のGODDESSと呼ぶにふさわしい存在感です。神の立場で教えを説かずとも、人に伝わるものがある。う〜ん。すごいです。

つづきは、沖縄での「神としての」ジュゴンについて。

沖縄で出会った第3のGODDESSです。

何だかわかりますかー?

石門の左側にある「天妃宮跡」の碑と、説明のサインです。那覇市の文化財に指定されています。

かつて天妃宮は上下の廟があって、ここは上の廟、このすぐ南西に隣接して下の廟があったようです。跡地は天妃尋常高等小学校が1899年(明治32年)にでき、戦後一時期、市役所として使われその後現在の天妃小学校となりました。

ところで。。。
ミロクもそうですが、媽祖も救世主として【今の時代にこそ人々に求められる存在】であります。

航海安全の神であり、やがて祈願全般に崇められるようになった媽祖は、元々天候を予知する霊力を持っていました。人々に「今こそ」と求められるのは、異常気象を鎮めてほしいとの想いからです。特に水に関する気象。東南アジアを襲った大津波、米大陸で被害をもたらしたハリケーンなどなど、世界で水が暴れています。潮位が上がって国が沈んだり洪水の憂慮もあります。近年、シャーマンたちも媽祖の存在に着目しているそうですよ。

しかし媽祖様の力を借りて……というより、このGODDESSの存在を通し人類が改めなければならないことに気づくべきですよね。

去年建立された「横浜媽祖廟」には私も春節祭の時にお詣りして来ました。その際、那覇にも媽祖を祀るところがあるのを知り興味を持ちました。

日本で一番古くから媽祖を祀っていたのが那覇だったのです。

那覇には福建省からの移民の方たちが多く住んでいます。私のお気に入り、中国式庭園「福州園」(後日書きます)があったり、孔子廟で静かに手を合わせる人がいたり、観光客があまり訪れない穴場(?)の地域です。(時々台湾からのツアー客が訪れますが)

媽祖廟はないものの、媽祖にまつわる場所はふたつあります。ひとつは孔子廟の中に(天妃宮として)祀られていますが、もうひとつがなかなか特定できずにいました。

ところが、媽祖のことなどすっかり忘れ那覇の町をあてもなくぶらぶらしていた先週、「天妃小学校」という名前の学校に出くわしました。「天妃?」の文字にピンときて、小学校敷地をまわりこんでみました。すると東南の一隅に「上天妃廟跡の石門」を発見したのです。

いやぁ、邂逅とは嬉しいですね〜。

まだつづく。

沖縄の旅で出会ったGODDESSふたり目です。

媽祖(MAZU=まそ)というGODDESSがいます。中国に実在した女性で、航海・漁業の守護聖母として、中国沿海部を中心に(台湾省・福建省・広東省などが多い)信仰を集める道教の女神様です。「天妃」とも「天后」とも「天上聖母」とも呼ばれます。

福建省に実在した黙娘(960年生まれ)は、幼少の頃から才気煥発で信仰心もあつく、16歳の頃に神通力を得て村人の病を治すなどの奇跡を起こし「通賢霊女」と呼ばれ崇められたそうです。28歳の時に父が海難に遭い行方知れずとなり、これに悲嘆した黙娘は旅立ち、その後、嵋山の山頂で仙人に誘われ神となったと言われています。

媽祖を祀る「媽祖廟」は26カ国1500余の地区に及んでおり、信仰する人は2億人とも!
日本でも華僑の多い長崎や横浜の媽祖廟が知られています。そして那覇にも。

つづく。

種子取祭でのミルクは、こんないでたちであらわれます。子供たちを連れてゆるゆると。

ミルク登場の際に唄われる「弥勒節 みるくぶし」が聞こえると有り難い空気に包まれ、一気に盛り上がります。

大国(たいくく)ぬ 弥勒(みるく)…………大国の弥勒神が
竹富(たきどぅん)に いもち…………………竹富島に来られて
うかきぶせ みしょーり…………………………末永くご支配ください
島ぬ主 島ぬ主……………………………………島の主様、島の主様。

ミルクは、八重山では五穀豊穣をもたらす神さまで、みんなが幸せな世の中を「弥勒世」(ミルクユー)と言います。

富士山から離れますが、GODDESSのことはいつかちゃんと書きたいと思っていました。ちょっとだけGODDESS考の続きを。

私にとって一番身近なGODDESSはコノハナ様ですが、基本的にGODDESSは姿を変えながらも共通した存在だと考えています。女神、天女、聖母、菩薩。。。

あらゆる場所でGODDESSは見守っているのです。それに気づけば全てつながるひとつの想い。ここが大切なのではないでしょうか。

沖縄で会ったGODDESSたち、そのひとり目は……

八重山の「ミルク」。ミロクを沖縄の発音ではこうなります。弥勒のこと(もちろん富士講でミロクと言えば【食行身禄=じきぎょうみろく】つまり6代目講祖。彼は釈迦入滅後救世主として弥勒の登場する56億7千万年後まで待てないと、自ら弥勒の意を継ぐ志で名のったと伝わる)ですが、沖縄のミロクは東南アジアから伝来されたので、布袋和尚を弥勒菩薩の化生と考える中国大陸南部のミロク信仰に由来されます。

ミルクがGODDESS?と突っ込みを入れられれば苦しいですが、豊穣をもたらす来訪神として信仰される存在に性別はあまり関係ないと思います。実際、女神として祀られている場合も多いのです。

これは八重山竹富島の種子取祭の、弥勒奉安殿での「ミルクおこし」。早朝6時頃の神事です。社の奥にミルク面が目を覚まします。眠い目をこすりながら見守っていると、一瞬ミルクから微笑まれた気がしました♪

GODDESSのことを書く前に、ちょこっと♪

私はいろんな作品(絵画、オブジェ、インスタレーション、パフォーマンス)を作ってきましたが、その中の【GODDESSシリーズ】から古い作品をアップしました。沖縄好きになる前からまた富士塚マニアになるず〜っと前から、GODDESSのテーマでいろいろなものを作っていました。

左はキャンバス地に蜜蝋で描いた平面。右もキャンバスに描いた袋状のソフトスカルプチャー。長寸は2mくらい。

この頃、私のGODDESSのイメージは、力強さやマザーアースに通じる大きさ、また、ふくよかな女性に対するおぼろげな憧憬。それらをビジュアライズするだけでした。救済や慈悲の概念はなかったかもしれません。でも、その伏線があったからこそ、富士山/富士塚をテーマにしながらもLADY KONOHANAにこだわりがあるのだと思います。

そして、沖縄でまた3つのGODDESSとの出会いがあり、私の【GODDESSシリーズ】に息を吹き込んでくれたように思いました。

つづく。

私は富士山に向かう時必ず「木花咲耶姫(このはなさくやひめ)」を想います。富士塚に登る時でもです。(メタル富士にも、コノハナ姫に降りていただけるよう密かに前夜、願いをかけました)

そして、先週沖縄(八重山と那覇)へ向かう飛行機からも、その想いで富士山に手を合わせました。

富士山の祭神、木花咲耶姫のことは何度も書いてありますが、

LADY KONOHANA
それでもゴッデス!!!
ふくよかな
画狂老人卍筆

実は私の中の、長年のテーマの一環でもあります。【GODDESS=女神】です。
今回の沖縄の旅では、それがはっきり浮き彫りになりました。

つづく。


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関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
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るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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