▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
火がつけられるのは、大松明のほかに、井桁(イゲタ)に組まれたこちら。 大松明は各奉納者からのものですが、これは参道沿いの各家が門前に出します。いくつかが、早々と点火されておりました。 大松明はこうして、土の上によいしょっと。高さは約3m。 ↓昔の絵には、これよりずっとずっと大きな松明が描かれています。 少し前の記事にアップした五雲亭貞秀の「富士山真景全図」の部分です。 多少誇張されているとは思いますが、当時の印象はこのくらいあったでしょう。 現在は、火祭りは夜10時頃に終了となり、その頃に燃え尽きるように縮小されましたが、かつては夜通し燃やしていたのです。 左側にわずかに読める文字があります。「毎年七月廿一日」 現在8月26日に行なわれる火祭りは、江戸時代は7月21日だったのです。 松明が立てられると、提灯に火が入り、気合いも充分です。 おごそかながら、火が放たれる時の高揚感は言いようがありません。 火のエネルギーが一気に倍増していくその様は、火山である富士山を想い、大地や生命の力強さを感じるものです。それを肌で受けとめながら、人々はおのずと感謝の気持ちを持つのでしょう。感動的な一瞬でした。 ひとつひとつ、点火されると、伝令が走ります。俄然盛り上がってまいりました。 でも、まだ空は明るい。時間もまだある。 神輿が納められた「御旅所」のほうへ行ってみました。 つづく。。。
初めて富士御影である「お山さん」を見た人は仰天でしょう。
神輿というのにユニークな姿。いや、それだけでなくその美しさも驚きです。 簡潔でパーフェクトな形。濁りのない発色。斜面は8面あります。 金属製のお山です。 以前この地を訪れた時、宿泊先のTVでお山さんの制作レポートを観ました。確か、職人が鉄板を加工して作っていました。ボトムと先端(5分の1ほど)は、別に作られ、組み合わせられます。塗装も念入りに。 昨年、熊野 那智にある補陀洛(ふだらく)山寺の「補陀洛渡海船」を見た時、このお山さんを囲む鳥居を思い出しましたが、材質は違います。お山さんのは金属製です。 なぜならば、鎮火の願いを込め、地面に叩きつけるからです。ちょっとやそっとでは壊れないほど、頑丈にできています。 でも、叩き付けるのはもうやめたのでしょうか。今年は全く見ませんでした。迫力ある見どころなので、ちょっと物足りない気がしました〜。 渡御は、付いてまわると時間がかかるので省略し、2つの神輿を先導しているものを見に行きました。 真榊台という、神輿が神幸路を浄めるために運ぶものでした。 私には、神籬(ひもろぎ)に見えましたが、どうなんでしょう? 「そよご」という木を使っています。 これは「子供みこし」のお山さんです。キュートですね♪ ちなみに、ミニサイズは「女みこし」もあるんですよ。 (お山開きの日、5合目の小御嶽神社から出るんだったかな〜) つづく。。。
今日は、久しぶりの休養日。
身体的には5週間ぶり、精神的には5か月ぶりに、緊張の解けた日でした。 なので、ひたすらぼんやり過ごしてしまいました〜。 でも、TV局からメタル富士の帰還、また読者の方からの有り難い届きものがあり、寝込むわけにはいきませんでした。本日も感謝の日でした♪ さて、富士吉田の火祭りツアーはあまりにも濃すぎて、どこから書いていいかわかりません。ほんのひとつまみですが、ちょっとずつ。簡単に。 26日。高速バスを降りた我々は、吉田の町の冷気(霊気?)にビックリ!涼風は富士山から吹いていたのでしょうか。「さむっ」と、思わず長袖を着込みました。 金鳥居(かなどりい)をくぐったあたり。富士山を拝める方向に続く参道です。 交通規制がかかる前なので、まだ車が走っていますが、祭りを待つ気配はすでに濃い。沿道の盛り土は、大松明のための土台用です。 大松明も出番待ち。 手前が火の付く上部となります。着火しやすいようにギザギザです。大松明は、火山としての富士山の模倣ですから、先端は火口ですね♪途中から、経木(きょうぎ)で丁寧に包み、独特のカーブを形成しています。 参道の中央に、材質の違う円盤が埋め込まれています。大松明の置かれる場所です。アスファルトより融点の高いセラミック製のようでした。 御師町をながめながら、登り坂の参道をゆっくり歩きました。ここは「富士みち」とも呼ばれ、遠く江戸から続く道ですね。筒屋さんに荷物を預けた後、急いで北口本宮冨士浅間神社に向かいました。 鳥居をくぐるとすぐに伝わる神気。我々は、その気配を有り難く味わいながら進みました。 手水舎は、泳ぎたくなるほど大きな鉢に、たっぷりの水が溢れていました。傍には横須賀市長澤、丸伊講のマネキが掛かっていて、斎藤先達の名が染め抜かれていました。 本殿での神事である本殿祭、及び御神霊を白衣の絹垣で覆いながら移動する御霊うつしは、撮影不可ですので省略。でも、そのただならぬ空気に、参詣者は皆感動していました。 「御動座祭」という神事になります。摂社である諏訪神社に到着する絹垣を激写。右には「お山さん(富士御影)」が待機。 この後、約1時間かけて、奥の諏訪神社内で「明神さん」に御神霊を入れます。 実は、「明神さん」にふたつの御神霊が入るのです。先ほど諏訪神社に遷された浅間神社の御神霊と、諏訪神社の御神霊の2体です。(もともと諏訪神社にあったところに浅間神社が祀られた経緯からそうなったと思われます) 手前で神輿の出立を待つ参詣者のいるところが「高天原」であります。(それにしても外国人の多いこと!) 諏訪神社の奥から「オォ〜オォ〜オォ〜オォ〜」と、声明(しょうみょう)のようなフシギな声が響いてきました。その波動に、全員「心地よい呪縛」にかかったみたい(?) 奥にいらした明神さんが、先にお出ましになりました。「発動祭」です。明神さんを見て、「いよいよか!」と人々がざわつきました。渡御(とぎょ)では、お山さんは明神さんより前に出ることは決してありません。 本殿前でお神酒をいただいた我々が、「今のうちに…」とトイレに行っている間に、明神さんは参道を下りて行きました。そして、遠目にも、ピカピカの朱色が鮮やかなお山さんが、ものすごい速さで下りて来ました。 つづく。。。
このカタチ。
はい。富士山です。 火鉢(これも拝み箪笥と呼べるのでしょうか)の中で、富士山の形に線香を立てます。 こちらでは、細く切った経木を支えに使ってますが、 このように線香のみで立てることも多いです。 ↓ このカテゴリー内 ちなみに、メタル富士の骨格はこれにも通じるのでした。 つづく。。。
富士塚オブジェを創り始めた10年以上前、こんなものを見ました。
「富士山真図」天保9年(1838) 「わかるわかる!こんなものをつくりたかった衝動がっ!」 偶然、TVで紹介されていたのを一瞬見たので、録画もままならず。 でも結構大きくて、畳んであったこの立体地図を、2〜3人で広げて畳の部屋に置いてました。 何の番組だったのかは記憶にないですが、目に焼きつきましたね♪ そして、これよりスゴイものを創りたい!って思ったのでした。 少し前の記事に紹介した、五雲亭貞秀の「富士山真景全図」と同じくらい好きです。 (富士吉田市歴史民俗博物館にある「おめでたいカタチ〜富士の意匠」に掲載されています) 私のメタル富士は、今年は長津田には建ちませんが、近日中、都内某所に建ちます♪ |
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芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
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▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
………………………………… 富士山に登りたくても登れな い人たちの為に、江戸時代に 関東各地に造られた「人造富 士山」のこと▲です。富士山 を信仰する▲▲▲富士講によ るもので▲▲▲▲▲したが、 地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富 士山が出来たことで、多くの 人が登山でき、大流行しまし た。民衆のパワーですね♪♪ 富士山の溶岩をのせ、一合目 から頂上まで登れるようにな っています。意外なところに ひっそりたたずんでますよ。 ………………………………… ▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼ ………………………………… 美しい作品も好きだけど、コ ンセプトありきで表現するこ とに喜びを感じるビジュツ家。 表現形態はこだわりません。 現在、富士塚のコンセプトに インスパイアされ、色々な媒 体で表現。著書の【ご近所富 士山の謎】【富士塚ゆる散歩】 も、私にとっては作品です。 なぜ富士塚か……それは、海 外生活での体験から。詳しく は本のあとがきに記してあり ます。 ★★★★★★★★★★★★★ お問い合わせ、ご連絡は↓ y♡k♡◆ris◆k◆.◆rtist★gm◆il.c♡m (♡をoに◆をaに★を@に変えて 入力して下さい) ★★★★★★★★★★★★★ 掲載の写真・イラスト・文章等の 無断使用・転載は御遠慮下さい ★★★★★★★★★★★★★
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