▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
7月1日及び前後は、ご存知のように富士山のお山開きに合わせて、
各地の富士塚でもお山開きがありました。

今年は富士山の世界文化遺産登録の影響で、富士塚への関心もアップ。
子供時代に富士塚に親しんだ人は、地元に戻って懐かしみ、
最近富士塚を知った人は、富士塚巡りを楽しんだようです。

お富士さんの祭として人出の多い駒込富士や十条富士は、
このブログで何度も紹介しているので、今回はお初のレポートです。
(6月1日の横浜7富士参りの様子は、後日じっくりと書くとして)

東京でお寺にある富士塚はひとつ。文京区の護国寺の音羽富士です。



山護講の解散で、山開きは久しく行われていなかったのですが、
3年前から復活したのをご存知ですか?

といっても、お山開きをするのは富士講ではなく観音講で、
御前様と慕われる大本山護国寺第五十三世貫首 岡本永司大僧正の法話を、
毎週日曜日に聞く集まり(観世音菩薩を信仰している)「修養会」の
方達です。

7月1日に近い日曜日、本堂で法話を聞いた後に音羽富士に登拝する
という情報を得、6月30日に参りました。



10時頃、講の皆様が富士山の麓に到着。若い僧侶が出迎えました。



総勢30名。ご年配もいれば若い人もいます。
皆さんが、鳥居の手前に立ち、音羽富士に向かって深く一礼。
そして「神様だからね」と言いながら、祝詞奏上を終えた後、



たっぷりお経を上げられました。



そして、鳥居をくぐって登拝です。



法螺貝の響きが心地よい。



「道がいっぱいあるなぁ」「右側から登りますよ〜」



先頭集団はすでに頂上に立ってます。



頂上手前はこんな渋滞。とはいえ、全員が頂上に乗れたなんて!



ひとりずつ丁寧に拝みます。
「今だけ、こちらならではのものを置いてあるんですけど」
と僧侶。



そこには鐘が吊るされてありました。
各参拝者は、ひとつ鳴らしてから拝みました。

「お社に鐘ってヘンでしょうが」と僧侶はおっしゃるのですが、
「いえいえ、高田富士では鐘を鳴らしますし(叩き鉦ですが)」

かつて富士山の頂上では、



ほら、このとおり。
(江戸時代の「富士山明細図」を立体に模写したもの)

下山後、観音講の方と談笑するうちにお父様が富士講だったと
いう方とお話ができ、とても貴重な時間を過ごせました。
この日のことを教えてくださったMさんに感謝です。

「富士塚はもともと境内の西側にあったそうですよ」と私。
「確かにあっちのほうが見晴らしがよくて富士山が見えそうです」
「わー見たい見たい!」



Mさんに案内された一角は(茶室横)、確かに高い。
そうか、首都高側が崖になっているのか。ふむふむ。
富士山はここからきっと見えたでしょうね。
そして富士塚の元位置もここあたりかも?



江戸名所図会に描かれた音羽富士です。







Facebook あり〼
登山道は3本。途中で二股になる道もあるので、頂上へ上がるのは4本になります。その中でも、草むらに隠れて先がわからなくなりそうな中央道がなかなかです。ボク石が足場にたっぷりあるし、こそっと合目石が潜んでいたりする。絶壁のように連らなる石碑群の隙間を行き、えいっと頂上に足をかけると、



 

わりと広い、平坦な頂き。新しめの奥宮などなど。
頂上だという証にこんな石版も。植木職人の奉納。

 

↑こちらは左側からの登山道。右側からの道は玉石の階段が続きます↑
と、うろうろしていたら、いつのまにか猫がやってきました。

 

そうだ!せっかくだから、猫の目線になって再度登山してみます!

 

頂上から見おろすとこんな↓ やはり緑の濃い塚はいいです。


石段を登って間もなくして右側に「一合目」の碑が目に入ります。

 

小石川ナントカ町(現在はすべて小石川一丁目〜と表記)と刻んであります。



この富士塚を造った「山護講」の講碑です。本流は丸藤講のようです。



水鉢もありました。水鏡の綺麗なこと。これが頂上にあれば金明水でしょうが。



左を向けば、こんなにたくさんの石碑の群。この塚にはこの数倍の石碑があります。さまざまな講の碑がわらわらあります。富士講でないものもてんこ盛り!



再び右を見れば、「胎内」が目に入ります。



中にはコノハナサクヤヒメの姿がくっきり。お札によくある正面像です。傍らに昭和2年と読めますね。この塚の築造が文化14(1817年)ですから、ここでは新人です。



このあたりから山頂を見上げた画像です。まだまだ楽しみはいっぱい♪



少し引いたらさらに美しい。塚のカタチはわからなくても、この時期木々や花に埋もれた姿は見ごたえあります。



一応、こんなボリュームの富士塚が横たわっております。



では登山口から。「富士道」と刻まれた石碑と、石の橋。橋を渡ると鳥居の中へと吸い込まれます。このアプローチがニクイ。向こうの世界へ行くという発心の形式でしょうか。焦る気持ちが一旦鎮まります。



近年修復されたっぽい玉垣が結構高い。現場に立つとわかりますが、一部が石段になっていて登拝の一歩を踏み出すことになります。

つづく。。。





久しぶりに文京区護国寺に行きました。すっかり晴れて気持ちよい。
前回来た時の猫たちはまだいるだろうか。。。と思いつつ。



水屋は両方とも修理中。本坊(寺務所)の隣、大師堂の下あたりに「音羽富士」があります。案内図には出てないけど。ここからも鳥居が見える。緑に勢いがあってキラキラしてます。



近寄るとこんな感じ。登拝するにはこの鳥居をくぐるけど、坂道をそのまま上がってみました。



今日の音羽富士はすごい表情を見せている♪ これは期待できます。
ちょっと振り向くと、



こんな感じ。大きなビルが見えますね〜。地震雲も少し出てる。
右の茂みが富士塚です。では、登山口にまわってみましょう。

かつては女人禁制の富士山でしたが、祀られているのは女の神様。
ご存じ、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)ですね。
大変美しいゴッデスです。それに強い!なんせ火の中で出産したんですから。
神話の話はおいおいに。

富士塚にこのお姿を見ることはほとんどありません。富士講の儀式では、ちゃあんと祭壇に祀られているのですが。これは文京区護国寺境内にある【音羽富士】にあったもの。胎内と呼ばれる洞窟をつくるのが富士塚の鉄則ですが、その中に石版がはめ込んであり、このお姿が刻まれてました。画像処理をして色もつけてありますが、実際はグレーなので、たいてい見のがしてしまいます。


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芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
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富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
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地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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