▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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流山富士レポはこれでひとまず終わり。
先を急がねば!これでは日記ではなく週記になってしまふ。。。
まだ、おNEWの富士塚3基と追記の記事と、それからそれから……本日受講した興味深いレクチャーのレポもあるからね。

では、ナゾは残りつつも3つめの「その他の浅間」石碑について。



【浅間両社】
せんげんりょうしゃ。でしょうね。
これが一番ナゾでした。石碑の場所は、富士塚正面に向かって左側の彌都波能賣神【みつはのめのかみ】少し手前。



「浅間両社」でググると、これしか行きあたりませんでした。

静岡浅間神社にある「浅間神社」と「神部神社」のこと。

静岡市の静岡浅間神社と言えば、私が子供の頃親しんだ賤機山(しずはたやま)の浅間神社のことかいな!と驚きました。

もしそうなら、こんな有り難い縁はないのですけどね。

しかし、静岡側の浅間様まであるとは。。。ナゾがてんこ盛りの富士塚でありました。
【御座石浅間】ございしせんげん
です。これも富士登山をしてみないとわからない浅間神社ですね。



といっても、2度登った私も知らなかったのですが。
なぜなら、2合目の小室浅間神社同様、これも5合目より下にある神社だからです。

吉田口登山道から登ると、5合目の有名な「佐藤小屋」(私の母は寄ったことあるって!)より少し下、4合5勺のところにこの御座石浅間神社があるそうです。

くわしくは、「御座石小屋・井上小屋」と呼ばれる小屋の隣に御座石と呼ばれる岩盤があって、かつて御座石浅間神社が祀られていたとのこと。これは長谷川角行の修行の地であったと伝えられています。

かつて、60年に一度の御縁年には女性もここまで登ってくることができました。
う〜ん、いつか私もふもとから丁寧に富士登山してみたいです。昔の人が見た景色を見てみたいもの♪


★ちなみに、「小室浅間」と「御座石浅間」の石碑がある富士塚は本当に珍しいのですが、この流山富士の他は、さいたま市吉野町の浅間神社にある富士塚にこのふたつともあることが確認されています。お近くの方、ご確認できましたらよろしくです!

富士塚の頂上によくある「浅間大神」や「浅間神社」の石碑は、もちろん「富士山頂浅間大社」の写しです。でも、多種多様な碑が乗っているこの流山富士には、それとは別の「浅間」が3つもありました。

え?他の浅間神社も祀ってあるの?
って思いますよね。はい。ここの講(山一講)が熱心だったのか、実際の富士山に点在する「その他の浅間神社」があったのでした。そのバリエーションから。



【小室浅間】
おむろせんげんと読みます。この碑は正面の登山口から登ってまもなく右手にありました。

これは、富士山2合目にある小室浅間神社の写しです。古い社号はただの「宮」と言ったそうです。そして、小室(御室)とは、そこに「神霊が常在する」の意。趣きありますね。

「小室浅間神社」と言えば、通常「下浅間」と呼ばれる富士山下宮小室浅間神社のことを指し、「下宮浅間」とか「下浅間(富士山北口最初之宮)」とも呼ばれる「流鏑馬で有名」な神社です。

なぜ「下」と名がつくのか……それは、富士山2合目にある「小室神社」(山宮)の里宮だからであります。2合目に対する「下」という意味ですね。「富士山そのものor2合目の小室浅間神社=上宮」←→「富士山下宮小室浅間神社=下宮」なのです。

偶然にも「北口本宮富士浅間神社」が富士吉田市の上吉田にあり、「小室浅間神社」が下吉田にあるため、前者を「上浅間」とし、後者が「下浅間」と勘違いされることが多いのですが、その上下関係ではないのです。


ちょっとややこしいですね〜。

石碑の詳細に戻る前に、下の記事で私たちが滑落した斜面の現在を引いてアップしてみます。



滑り落ちた日は1月半ば。足元に建築中の住宅がありましたが、まだまだ家にはなっていませんでした。そしてそのひと月後がこうです。まだ大工さんが家屋周辺をいじっていましたが、家の住人は移り住んでおりました。南側を向くベランダで干される洗濯物は、富士塚と対面しています。

半年前は……



推して知るべし。






もう塚の形を撮ることは不可能になってしまいました。
またお中道に戻って探索を続けました。

ツアーの際は、時間がなかったのであまり見られなかったのですが、
「大澤くずれ」が真後ろにあり、中道の足元から下には、
Z型の細いトレイルが地面まで続いていました。



裏から先、北側までは急に道は幅がなくなり、先月の画像はこんなでした。





探検隊は全員見事に滑落したのでありました。。。
(今回、表側まで続く道を発見しましたが、画像は省略)

(あ、ちょっと石碑から離れます)

南側に立ってふと下界を見下ろしました。目が合ったのは、塚を見上げる三毛猫。
全然動かず、じ〜っと見上げています。



猫から見る流山富士はどんなだったか、見たくなって下りました。



猫はもういませんでした。
猫のいた位置に座って、地面すれすれに見上げてみました。

絶景です。大きな山です。。。

あれ?あれは何だろう?あのオレンジ色の丸いもの。
あの子はあれを見ていたのかな。



何の実でしょう。。。



陽を浴びる、冬の楽しみ有り難き哉。
まだまだ序の口、流山富士!



おひさまがチアーアップしてくれるので、元気になります。
富士塚右側へ移動します。そのまま平行に歩いていけばよいのです。

「御座石浅間神社」(←珍しいでしょ? 後で書きますよ〜)

の前を過ぎて、急斜面の上で体をひねれば、



「大山なにがし」という植木職人の奉納した碑を左に見ながら「お中道」に出た!



この中道は先月発見したもの。何度も言うようですが、去年の夏はここらあたりは草ぼうぼう。急斜面で足を踏みはずしては大変と、塚の前面しか調査できなかったのです。しかし、まさかこんなにゆったりした道があったとは!ツアーに参加してくれた方が「こっちに中道が……」と導いてくれたおかげです。(ひとりでじっくり調べるのも大事ですが、複数で登拝するよさがそこにあるのです!)

道は平坦でかなり幅があります。1mはゆうにあるでしょう。

またまた推測ですが、このゆとりのあるスペースは、ここらで何か儀式をおこなうためだったのではないでしょうか。左斜面に多くみられる奉納石や講碑、その先の「小御岳神社」が何となくそんな気にさせてくれます。そしてここは南側。太陽をたっぷり浴びながら皆で集ったのではないか、と想像してしまいます。



「小御岳神社」は、こんな感じ。

そしてこの前に立ったとき。。。

doggyと書いたのはfoxではないと確信したからです。



富士塚のふもとに稲荷神社があって、その石碑も富士塚に乗っています。
そのため、最初これを目にした時、一瞬「狐」かと思いました。

でも、どう見ても狐ではありません。犬です。
そしてピンときました!



鳥が痕跡を残しながら参拝したあたりに「御嶽神社」があったのを思い出したからです。(一番右の石碑が「御嶽神社」)

御嶽講といえば「山犬=狼」ですね。御嶽講と富士講とは親類みたいなもんですから、富士塚でもよく見ます。

これもたぶん「山犬」なのでしょう。ただ、これは優しい表情です。母犬ではないでしょうか。

それにしても、体半分が埋まっています。気づかないくらいひっそりしています。夏は生い茂る草に隠れて見つけられないけど、冬でも見逃すほどです。まして山頂近くにあるのがナゾです。

ま、この富士塚でこの山犬を見かけても、できれば触れずにしみじみ挨拶して下さいね。



位置はこのあたりです。


久須志神社の左やや手前をご覧下さい。

動物の姿が見えますかー?
ま、とにかくまた正面の「北口一合目」から登山をします。



「ひふみよいむなやこともち」=「一二三四五六七八九十百千」の祝詞が神代文字で書かれていたと判明(コレコレさん、ありがとう)した「天宇受賣命」(アメノウズメ)の碑には、裏にまわって見ても年号はなかった。左下の文字は書家の名前でしょう。

「彌都波能賣神」(ミツハノメノカミ)といい、この富士塚には神話に関するものが多いのはナゼでせう。このふたつ、同じ石を使っているので、何か関連もあるでしょう。(ミツハのほうは位置が断崖だったので裏にまわることもできませんでした)

「天宇受賣命」の碑は正面よりやや左で6合目の石のちょい前、でした。近くに摩滅した「中道」らしき碑もあり。さらに左に進むと。。。



これは何らかで頂上から「落ちた」のではと思わせる「久須志神社」の石碑。だって実際の富士山には頂上にありますもんね。かなり立派なのに、あるべきはずの頂上にないのはおかしいです。



私のカンでは、かつて頂上にあったけど、現在の碑が寄進されたため降格になったとか???頂上の碑には「神道管長特賜……」と彫られてます。う〜ん。

まあ、ここまでは、前回も視界に入っていながらボ〜っとしてたので。。。

ところがところが、おそらくこれはツアーの時ですら誰が気づいたでしょうか!!!
この「久須志神社」のすぐ隣にビックリのものがいたんですよ。


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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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