▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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「何時になった?」
「9時10分前です」
「炭坑節聞こえるよね?」
「あ、はい。予定よりちょっと早いですね」

いつも9時頃に聞こえてくる盆踊りの炭坑節は、お焚き上げスタートの目安です。



頂上のライトをはじめ、提灯の灯もすべて消された闇の中、
富士講の方たちが掛念仏しながら下山して、いよいよ儀式が始まりました。



四方固め、大松明の点火の後、O俣さんによるお伝えの転読。

 鮮やかなページさばき!

そしていつものように、大幣束を振りかざして参列者をお祓いしました。

きれいに燃え上がるよう、またすぐに崩れ落ちないよう、位置を確認しながら点火したので、



火のついた小麦の富士は、火山のように燃え上がりました。
上部の燃え方が均等になり、ギザギザなカタチが美しい。
麦藁の束ね方は、こんなふうになってます



小麦富士は、あっという間にマグマに変貌! 上の画像の3分後とは思えないほど。
今年の燃え方は、特に豪快。顔が熱くて皆悲鳴を上げてました!

そして、まだ熱い燠を皆で掻き集め始めると、富士講員は帰頂し、



最後に〆の拝礼です。



大仕事を終えホッとするO俣さん。お疲れさまでした。



地口行灯の美しい絵が、疲れを癒してくれるようです。

この後は、新先達M村さん宅で直会があり、私もご挨拶で参加させていただきました。
夜道を歩きながら、

「これが小麦の畑だよ。だいたい100坪あるね」

と、大松明に使う小麦の畑(前の先達所有)を見せていただいたり、

「今度は、ここ(Mさんの土地)で小麦畑を作るんだ」と説明を受けたり。

M村さんのお宅も、驚くほど立派なお屋敷でした。
写真は撮りませんでしたが、直会の様子はほぼ前先達のお宅と同じ。

やはりたくさんのご馳走をいただきました。おいしかった〜♪
皆様、本当にお世話になりました。ありがとうございました!





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中里富士の頂上にて、しばらく御神酒をいただきながら談笑の時間です。

 M田さんと記念撮影。

登拝される地元の方々に御神酒をふるまうのは、

 このおふたり。

奥に見えるのが、



ゴゼンサマ(御神語が書かれた掛け軸)と大日如来碑、奥宮の祠です。

最近、手品の腕を上げたO俣さんが、

 蛇腹折りのお伝えをパラパラ。

「これね〜、『お伝え』なんだけど、こんなこともできる♪」
「えー!早いっすよ」

  「じゃあ、止めてあげるよ。ほら撮って!」

(Oさんのお兄様は、2代前の先達でした)
そうこうしてうちに、富士塚の麓が騒がしくなってきました。

ふと下を覗き込むと、



「人がどんどん集まって来ましたよー。あ!ロウソクの火が消えてる!」
「風が強くて消えちゃったよ〜!」

 あわてて着火することに。

つづく。。。




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9月1日、こんなポン酒を持参しました。



富士山がらみの儀式に参加させていたただく時には、
しばしば、オリジナルののし紙を巻いて出かけます。

向かった先は、



清瀬市中里富士の、火の花祭りでした。
今年はある意味特別でした。



今年、ご高齢のN村先達からM村先達に引き継がれ、ご挨拶を兼ねての儀式参加となりました。



↑前先達が現先達に幣束づくり伝授の図。

ちなみに、前先達はご健在ですが、
いつもステキな笑顔で接してくださったM長老(手前の方)が、今年2月に他界され、とても寂しい想いです。

でも、長老の息子さんも講員ですし、M村先達も充分若い!
彼らが富士講(丸嘉講中里講社)を盛り上げていくのは、今後とても楽しみです。
(もうひとつの若返った富士講は、江東区砂町富士の御水講!)

つづく。。。




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夏に強いはずの私が、さすがに今年はバテてます。
電気代がもったいないのと、室外機から熱を放出することがどうもイヤなので、先月はトータルで1時間しかクーラーをつけずに頑張りました。しかし、無駄な努力はしちゃぁいけませんね。ムリして体調崩し、結局、ケチッた電気代以上の医療費がかかってしまいました。節約したハズの電気代もあまり抑えられず、とほほです(笑)。

とにかく9月になってもこう暑いとは〜。
昨年の9月1日は、長袖シャツを着て出かけたことを思い出して驚きました。

「午後2時くらい? だったら富士山にいるよ。準備してるからおいで」
Mさんからの電話で、いそいそと出かけました。

富士山神社を目指し、太陽がギラギラ照りつける道を行くと、



ええ〜!? もう麦藁富士が燃えている???

そう錯覚するくらい頭クラクラ。喉カラカラ。
あわててペットボトルの水を飲みました。
中里富士のある富士山神社に着くと、富士講の方達が汗だくで作業していました。

「おう。祭りの裏側見ていきな♪」
「今作っているのは?」
「点火棒よ」







麦藁を束ねて〜。
そんで、縄で巻く。
このへん弱いな。もっと足すか。
太くするには、少しずつ藁を中に刺してって〜。



ほれ。こんくらい長くしないと、てっぺんに届かない。



麦藁富士はもう仕上がっていました。



なるほどね〜。夜しか見たことなかったから、構造がよくわからなかったけど、麦藁の束をいくつも作ってからそれを円錐状に積み上げて、最後に縄を巻いて整えるんですね!

麦の穂はついたまま。

「ホントはね、穂は全部取ってからのほうがいいんだけど」
「たしか、『ぼうち』で?」
「そうそう。棒で打って穂を落とすから『ぼうち』」
「大変な作業ですよね」
「これ(祭り)やるのに畑が必要だからね。そろそろ蒔きどきだよ」
「そうか〜。この麦の粒を蒔くわけですね」
「うん。ここらに落ちた麦も全部拾っておかないと芽が出てくるよ」

木陰に腰掛けて、先達の御子息がいろいろと教えてくださいました。

この辺は麦がとれたから、昔は藁葺き屋根の家ばっかりだったそうです。
「茅(かや)がとれるところは茅葺き屋根だね。茅もいいんだよなぁ〜」

「棒ができたよ〜」



長さを確認しながらリハーサル。
向こう側には、寄附を貼り出す札場(ふだば)も設置されてました。



「お〜い。次はこっち。注連縄だ」





点火棒と同じ要領で作ります。ギシギシ。マキマキ。



古い注連縄を降ろして、長さを確認。それを鳥居に取りつければもうおしまい。



心地よい涼風が吹いてきました。「ひゃ〜気持ちいい♪」
手水場の水道から水を撒き始めたら、一気に涼しくなりました。
地面が冷えるとやっぱり違うのね。レインボウが目に嬉しい。



富士塚を照らす電球も、点灯テストが終わり、富士山はしばらくひっそりと夜を待ちます。



一方、先達のお宅では、他のメンバーが他の品々を点検中でした。
手前の竹は蝋燭を刺すためのもの。計108本。

「賽銭箱がどうしたって?」
「寄せ木の一部が突っかかって」
「棟梁に直してもらいなよ〜」

宮大工の棟梁(こだわりの角刈りが◎)が登場し、即解決しました♪



傍には、お焚き上げの際に振る大御幣が準備されていました。

先達宅の中庭には「正しい夏の心地よさ」があります。
風が通り抜ける。木々は守ってくれる。汗がひく。
ここでは夏を嫌いにならないな。

この日、卒論に富士講(富士塚)を書くという学生さんに会いました。
先日も、そんな人に出会いました。それぞれ、専門分野もフォーカスする点も違いますが、何だか嬉しくなりますね〜♪
「今年は22日だよ〜。来るかい?」



清瀬市中里のM様から、嬉しいお電話をいただきました♪
中里富士の星祭りのお知らせでした。

とってもとってもありがたく、すっごくすっごく行きたかったけど、都合がつかず今回は断念!

「善星皆来 悪星退散」

そう唱えながら、富士塚で行なわれる星祭りは、冬至の日の行事です。清々しい朝の木漏れ日の中で、素晴らしい時間が流れます。

朝9時、塚の清掃から始まります。もし、お手伝いしたら、頂上での拝みやお焚き上げ(富士山型に積むお線香で)を見学させていただけるかもしれません。

御興味ある方は、朝お出かけになって講の方にお話してみてはいかがでしょう? 登山道からでも充分。心に滲みる冬至の日になると思います。(直会には参加できませんが)

昨年の様子は↓
星祭り1 星祭り2 星祭り3 星祭り4 星祭り5

「善星皆来 悪星退散」

再放送のプラネットアースを連夜観ています。(本放送も観たけど、いい番組でついつい観ちゃう。緒方拳さんが懐かしい)
富士山を思いながらも、地球と天体と宇宙を感じるのは、冬至が近くなったからかな。
近くの盆踊り会場から聞こえる「炭坑節」が合図となって、講の方たちは一瞬気が引き締まります。
時計を見れば、ちょうど9時。

先達を先頭に、講員が「掛け念仏」を唱えながら、下山を始めます。



掛け念仏は、バランスを考慮して、前半分・後半分を交互に唱えられるように並びます。



地上に下りました。麦藁でできた大松明のまわりを、右回りに3回まわります。

先達が大幣束(大麻 おおぬさ)を振りかざし、「四方固め」の形でお祓いをします。
正面→左側→裏側→右側→正面の5箇所です。

そして、火を招くためのいくつかの儀式が始まります。四方固めにて両手を使って「火の道を開く」所作や、



経本仕立てのお伝えをパラパラと開き、火に向かって「言霊を投じる」。鮮やかです!



待ちに待った「点火」。



そして、参加者に向けてお祓いが始まります。位置は四方固めにのっとって。



今年は火のまわりがとても早い。松明は巨大な生き物のように燃え上がり、人々に襲いかかるようでした。すごい迫力でした。強風が吹いたのと、松明がふんわりしていた(麦の量が少なかった)からです。自然を相手のことですから、火の表情は毎年違います。

この後、講中が再び掛け念仏を唱えながら登拝を始めると、群集はスコップとバケツを手に、松明の燃えカスに突進します。

昨年の様子はコチラです♪



そして、一瞬にして静寂が戻って来ます。
富士塚を仰げば、そこには森の中に吸い込まれそうな幻想的な光景が!

今年はまた、ひと味違った気持ちでお焚き上げに立ち会うことができました。ありがとうございました♪

後片付けをし、先達のお宅へと向かいます。荷物は車で運びますが、私は講の方たちと歩きます。これが、とても気持ちのいい数分間なのです。
「この向こうに川があってね。。。」
「自分が生まれた家はそこでさ。。。」
お話を聞きながらのんびりと「夜道の散策」です。



先達のお宅で直会です。
床の間には、今まで使った大幣束が立て掛けてあって、その多さに驚きました。

心づくしの手料理に感謝しっぱなしでありました。本当に美味しい。

「では、また来年ね♪」
そんな言葉をかけられた私の心にも、火が灯ったのでした。うるうる。
「火の花祭り」は、午後6時頃から富士講の方たちが中里富士に集まり、儀式を行ないますが、10分前になっても静かな富士塚だったので、ちょっとだけ、そこから目と鼻の先にある盆踊り会場へ行ってみることにしました。



実は、清瀬駅から中里に向かうバスの中で、ここで太鼓を叩くという方と御一緒したのですが、その方がこのちょっと後、やぐらの上でパワフルなドラミングを披露していました。御年配の女性です。バチ持参でカッコイイ♪



富士塚に戻った6時、中里講社の方々が集まって来られ、祭りの準備が始まりました。これは富士塚一面に取り付ける108本の蝋燭です。



間もなく、頂上で「拝み」が始まりました。



「お伝え」を見せてもらいながら私も唱えます。あれ?今どこだ???
靴下を通して刺した蚊がニクイ。足の裏に刺されました。



頂上では、掲げたゴゼンサマが晴れやかに見えます。
子供達が覗き込んでいる奥宮の祠と、その右には大日如来。



拝みが終わるとしばらくはのんびり。ちょっと記念撮影などしてなごみます。少しずつ参詣者が登ってきて、ふるまい酒(キッズにはお菓子)が配られます。私もこの手拭いをありがたく首にかけて♪

「吉田の火祭りでは筒屋さんで御一緒しましたのに、ゆっくりお話できずに残念でございました。あの時、先達の他に何人かはいらしたけど、○○さんや○○さんはいかれなかったんですね?」
「中里からは3人、他は下里からだったんです」
「ああ、なるほど。皆さんいつもは上文司さんのところにお泊まりなんですよね」
「そうそう。必ず上文司なんだけど、今年は宿の都合で筒屋に移ったんですよ〜。」



実際はこんなに暗くはないけれど、夜に包まれた中里の富士山は徐々に幻想的になってきました。



そして、蝋燭に火がともされ。。。



講の皆さんは出番を待ちます。
「盆踊りが『炭坑節』になったらそろそろだ。みんなこっちに移動してくるよ。」


つづく。。。
中里富士の頂上には、石祠やいくつかの石碑があります。
石祠には神様が祀られているわけですが、その隣の石碑には、



大日如来座像が刻まれています。つまり仏さま。(右側は寄った図)

富士山頂上に、神社ができる以前に大日寺が建立されましたし、
長い間多くの仏像があり、仏さまを拝むことはあたりまえでした。



江戸時代になっても、このように。(青いのがそうです)

そう言えば、だいぶ前にも書いてました。こんなことあんなこと
それから、実際、富士塚にも大日如来像はおわします。
江古田富士
山田富士
熊野堂富士
目黒新富士

ほかにもまだまだ。それにしても、講の方たちはどこかな?

つづく。。。
ちょっと早めに到着すると、そこにはだあれもいなくて



カメラの前で、レポーターたちがテンションを上げておりました。



おかしいな〜。なぜ誰もいないんだろう。ま、とりあえず登拝しておきましょう。

TVの人たちは、麦藁の松明をレポートしています。
ここは富士山神社の「中里富士」。

つづく。。。
拝みが始まりました。


貴重な声をテープで流しながら、一緒に拝みます。
拝みにはいろんなパートがあって、複雑です。



朝と同じ星祭祝詞も読誦します。


拝みの後、お伝えのページを説明される私。
ちょうど、昔の先達の名前をチェックしているところ。


儀式がすべて終わって、直会の始まりです。先達がご挨拶。
ビックリするような御馳走(今まで見たことないような!)に
恐縮しっぱなしでした。

本当に講の皆様にはお世話になりました。
貴重な経験をさせていただきました。感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、本当に楽しい時間でした。ありがとうございました!

この、田無組中里富士講はホームページを運営していて、活動内容や、
この日の画像がアップされています。
さらにそのサイト内で、私の本【ご近所富士山の「謎」】も
紹介していただきました。本当にありがとうございます♪


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プロフィール
HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
…………………………………
富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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