▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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十条富士の麦わら蛇を出したら、駒込富士の神龍も出しておきましょう。



材料と作りは、十条のものと同じですが、雰囲気が微妙に違います。



そして、駒込富士にはもうひとつ気になる縁起物、富士山の麦らくがんがあります。

これにはみっつの魅力があります。



まず、そのすばらしい「シェイプ」。シンプルかつ完璧なカーブとモデリング。
ふたつめは「隠れキャラ」。というとオーバーですが、袋に入っている約30個のらくがんの中に、雪のかぶった富士が混ざっています。その数2個〜7個。このアソビゴコロがたまらない! 昨年は、この雪のせ富士がなかったのですが、今年復活して嬉しいです♪
そしてみっつめはその「お味」。香ばしくてとても美味です。和菓子をほとんど食べない私も、これにはうなりました。湿気らないうちに食べるべし。



須藤拓也氏の銀彩豆皿にひとつ。銀はかなり黒ずんでしまいましたが、お気に入りの器です♪ 椅子のアームに乗せて撮影。



それから、下谷坂本富士のお山開きの蛇土鈴(左)。昨年は売り切れで買えず。
右側は2年前のものですが、土の色とディテールが違ってました。音の高さも違います。ちなみにその右側は小さな花器(徳田吉美作)で、これも上部は銀です。(私はつくづく銀が好きなのだなあ。。。)

以上、いただいた縁起物のお土産です。NさまRさま、感謝です♪
田子山富士のレポ真只中だったけど、また割り込み記事です。
もう、レポ書くひまなく忙しく、放置してるとまた次のことがたまっちゃう。

来月もまだまだ取材が残ってます。10富士も!
ま、とりあえず昨日のこと。

28日は、駒込富士のお山閉まい儀式「鎮火祭」でした。
富士吉田市の「火祭り」のミニチュアです。都内であと一ケ所ありますが、
23区内ではここだけでしょう。以前は29日もやっていました。

松明(たいまつ)と篝火(かがりび)が富士山の火山を表わします。





夕暮れ時にはちらほらと、浴衣姿の方が集まってきました。
お山開きの時にお世話になった講の方たちです。富士講の浴衣で勢揃い。
天祖神社からも、3人の神主さんがいらっしゃって祭壇と供物を
セッティング。松明の前で厳かな儀式がはじまりました。

さて点火。という時に突然の大雨!!! でも炎はこのとおり。
残念だったのは、全部の篝火に点火できなかったこと。
かつては、本郷通りや裏までずっと篝火を焚いていたんですって。

来週は清瀬市の火祭に出かけます。昨日のとは対照的にハデハデです!

時間がたってしまいましたが、お山開きシリーズのつづき。


JR駒込駅の脇、本郷通りは線路をまたいで高架になっています。その橋にはちょっと粋なデザインが♪
これから富士神社へ向かいます。

駒込のお富士さんのお祭りは、6月30日、7月1日、7月2日の3日間あります。30日の早い時間に「万灯祭り」で町内を歩き、お山開きの告知をされました。(その時の万灯は頂上に設置)。天祖神社から宮司が来ての神事は1日朝。


これは30日の夕刻。露店の準備が出来て人が押し寄せる直前の図。正面の奥をよく見ると、富士さんの石段と頂上の富士神社社殿が写っています。


賑わいを見せる夜はここにたどり着くのにも少々時間がかかりますが、明るいうちは空いています。


頂上でも同じものを売っていますが、下の社務所には氏子(講中も含む)の方たちが待機していました。お客の少ない時間はまだお顔にうっすら緊張感がありますが、


2日後の最終日に再び訪れたら、こんな表情。ジョークも飛ばして楽しそうでした。「名物の落雁、買って行きなよ。昨日買ったって?2袋目でもいいじゃないか。笑」
私もノリで2袋目買っちゃいました。ちなみに去年まで雪のかぶった姿がまざっていましたが、今年はナシ。地球温暖化に合わせてではないでしょうが(苦笑)。。。氏子の方がすまなそうにおっしゃってました。この落雁は、元々町内の和菓子屋さんから売られていたけれど、お店をたたむことになったので、お祭りの際に神社から売り出すことにしたそうです。


落雁を出したらやはりこれも出さないとね。十条富士でもお馴染みの「麦藁蛇」。こちらでは「神龍」と呼びます。材料といい作り方といい、大きさは若干違いますが十条と駒込の麦藁蛇はよく似ています。実は両方とも昔から北区西ヶ原のK家で作られているそうです。江戸時代からの伝統です。

「ずいぶんたくさんありますね〜」「私ら頑張ったからね〜♪」「え、皆さんが作ったんですか?」「いや、蛇は出来たのが来てさ、それを枝に刺して仕上げたんだよ」「それはお疲れでしたね!ところで今年はガラスケースに入っている大きな神龍はないのでしょうか?」「ああ、今年は出してないな。それに、売るやつも今年は大きいサイズ(2000円)のはなくて小さいのだけに統一したんだ」「ふむふむ」


その後、講元(左からお二人目)からいろいろお話もうかがえました。「この神社の裏は昔、茄子畑だった」こと「境内の地下に防空壕が作られ、その時に掘った土をお山に加えた」こと「講員は約35名」などなどなど。。。(講員ってもしかしたら他の氏子さんもカウント?)と思ったけど、宮元講社→丸瀧講のお話になったので。。。私の結論は。。。「講は講です」


石段脇にある「下浅間社」に寄ると、


「昔はこの中でお焚き上げをしていました。講の名前は廿三夜講です」とおっしゃる方が。


ここには古い額がわんさか。「上がって撮っていいですよ」のお言葉に甘え、じかに見させていただきました。表記もいろいろ。「富士社」「富士神社」「富士大権現」とありますが、特に古い「富士大権現」をアップ。


最後にもう一度、登って一巡しました。山頂社殿脇で、ステキな表情に会えたのでこちらもアップ。


気づくと空はこんなに暮れてきました。ぼんやりお山の姿が浮かぶ。もう8時近いというのにこれからどんどん人が増えます。やっぱり縁日は夜が似合いますな♪


では、次回は「鎮火祭」に参りまする。



かなり省略して、富士塚の真裏にやって来ました。しっかりした石垣には、富士講でない他の講の名前もありました。その中に「富士前町 なにがし」と彫られていたので、確かめたくなりました。



確かこのあたりは「本駒込」。この後、近くの駐在所で地名の確認をして来ました。

「ああ、昔は富士前町だね。でも今はあっちもこっちも『本駒込』になっちゃった」



いまだに町内には「富士前町」の看板を使っていますけど。まあどこでもそうですが、地元で呼ぶ時には、古くたって馴染みのある地名のほうを選びたいもんですよね〜。

登頂!



石段を登ったところで下界を眺めた図。去年の「お山開き」ではこんなこんなに賑わっておりました。

そして、くるりと向きを変えて鳥居をくぐって数歩進んでまた振り返ったところ。



リッパな社殿はあります。祭の時はこんな感じ



その脇を歩いてちょっと低い部分にやって来ました。



屋台でワクワクな光景を思い浮かべたりしますが、



もうひとつの古いお宮をお参りしてから石段を下りる。実は、ここは「女坂」と呼ばれるのを後になって知りました。登って来たほうが男坂ですね。↓女坂を下から見上げます。結構暗い。





女坂を下りきって、手前の駐車場の中に入った時、地元のお年寄りがひとり石段を登っていくのが見えました。





去年、6月中旬と、7月1日のお山開きの時に登拝したけど、また来てしまいました。大きな富士塚は行くたびに見るところが違って面白いものです。



通りに面する鳥居をくぐってちょっと進んだところ。塚の上のお宮が見えます。



急な石段の手前に賽銭箱があり、



左側に「下浅間神社」があります。傍らにはショウブが咲いていました。

以前もお参りしたけど、その時は「下って何だ?」とまでは気がまわらなかった。確かに「篠崎富士」にも「流山富士」にもあったのに。



ま、ハデな石段まわりを眺めてみたりして。

 

このナゾの座像はやはりナゾのまま。アノ人でもなくコノ人でもないような気がします。つまり、考えられる行者の姿ではないので、富士講とは無関係なのではと。。。



では、登ります。
護国寺を出て、ぷらっと東に足が向きました。不忍通りは場所によって呼び名が変わっている。護国寺の付近は「富士見坂」と言うようです。やっぱりな〜(笑)。

バス停にさしかかった時、ちょうど上野行きの都営バスが来たので乗りこみました。途中「上富士」を通ると知ったもんで。



車内にはこんな広告が貼ってありました。小野照崎神社の富士塚のことが書いてある。「境内富士山」て。ふふふ。



んで、「上富士前」で下車。



道路の向こう側、ず〜っと奥にあるのが「駒込富士」に違いないっ!

【一富士 二鷹 三なすび】

誰もが知っているこの言葉。私が子供の頃これを知らずに初夢に富士山を見て、親に驚かれたことは書きましたが、では鷹と茄子はなんなんだ?と、当初は(聞いたかもしれないけど)忘れてしまったです。まあ、その由来は諸説あるけど、定説は【駒込つながり】になります。

【富士山】は駒込富士。【鷹】は現在駒込病院になっているけど、鷹好きの徳川家康が敷地を持っていた「御鷹匠屋敷」があったことから。【なすび】は駒込ブランドの茄子のことです。

どんな茄子でしょうね。茄子は大好きですけど「体を冷やす」野菜だと聞いてから、あんまり食べなくなっちゃいました。。。

富士講ではないような。。。浜町と巣鴨から。何でしょう。。。まあ、巣鴨はお隣だけど。

早稲田にある「丸藤宮元講社」のマネキです。マネキとは講旗のことです。富士塚のある神社の手水鉢のところでよく見かけます。宮元講社はNHKのドキュメンタリーや雑誌の取材に応じる、わりとオープンな講です。先達の井田さんも代が変わられたかと思いますが、北口(富士吉田)御師の田辺さんは変わらぬようです。大国屋という宿坊をやってるはず。富士講以外の人は泊まれませんが。


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性別:
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富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
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るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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