▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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ここに江戸名所図会の一枚があります。



「河崎山王社」とありますが、「河崎」は「川崎」、現在の川崎稲毛神社のことです。本文には、別名「堀内山王権現宮」で書かれています。堀ノ内という村にあったからです。

絵図には、本殿以外に「いなり」や「天神」や「弁天」など、数々の境内社が描かれています。残念ながら、この中に浅間神社は見当たらないですが、川崎浅間神社のHP には「境内には小高い築山があり、浅間神社が祀られていた」とあります。富士塚があった証拠ですね。





現在、稲毛神社の西側の境内に浅間神社があり、6月1日には例祭が催されています。(旧暦の6月朔日は富士山の山開きです)







ここには西川満翁徳行(西川伊右衛門)によって結成されたタテカワ講の富士講碑があり、この日、西川満翁のご子孫のご案内で例祭に参加させていただきました。

富士講碑は大変貴重で、西川満翁の33回忌の年(慶応元年)に建てられた、赤色鮮やかな碑(三本川が目立つタテカワ講の紋と満翁徳行神霊の文字が刻まれている)、同年に建てられた「雲霧不動明王」の三角碑。そして、西川満翁の50回忌に建てられた角柱のような碑がありました。







これらは、富士塚に建っていたものと考えられます。どんな姿をした富士塚だったのでしょうね。










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芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
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富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
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るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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