▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
富士塚の裏側に背の低い倉庫があるため塚の下半分は隠れていますが、雰囲気はよくわかりますね。どことなく凛とした後ろ姿(笑)。



頂上の祠(奥宮)背面には昭和8年とある。塚自体はもっと古いみたいだけど……調べる手だてがありません。ご近所のお年寄りをつかまえて聞いてみようかとも思いましたが、こういう時にかぎって人が通らない。



てなわけでまた街道を下ることに。。。
鳥居の向こう側、正面には大ぶりの玉石を使った登山道があります。その左足元に、こんな綺麗な赤い碑がありました。富士塚ができた後にも奉納は何度かされていたのでしょう。



そして右側には、欠真間(かけまま)の元講(への?)石碑。すぐ隣の欠真間もかつては塩田地帯だったようです。大津波で真間村の一部が欠けて流され、その土砂でできた村と言われています。



そのちょっと右上には分厚い碑。行徳町と刻まれていました。だいたい3合目の高さ。



そして、小さな塚ながらお中道がしっかり作られていて、真上から見て3時の位置にこれ。



小御嶽神の石碑。これはかなりデカい。中道の上に建っているけれど人が歩く幅はあり、ホントに登って歩いてみたかった〜。



その横にこの木が。富士塚が出来てから大きく育ってしまったようで、そのうちボク石も砕いてしまうでしょう。まあ、そうなったらしかたないけど。よく見ると蝉の抜け殻が山のように残っていました。富士塚は時折、小さな森の役目もしているのですよ(笑)。いろんな生き物がいてね。
市川市本行徳にある富士塚です。行徳と名のつくところに富士塚はこれしかありませんから「行徳富士」と呼んでもでもよいのですが、実は他に、「行徳富士」と呼ばれるものが存在するのでそれは避けます。(そちらは地域で問題になっていた産業廃棄残土のボタ山!)

そもそも行徳は、中世にこの地域の開発に尽力した修験者、金海法印の敬称でした。この人が伊勢内宮の土砂を運んだとかの記録もあるようで、ここにも豊受大神を祭った豊受神社があります。ちなみに伊勢宿は伊勢参りの船が出たところ。

成田詣でや伊勢詣で、またしょっぱい産業(塩)で賑わう街道沿いに富士塚があったのはあまり語られていませんね。この講は「山不二講」といって、船橋や浦安の富士塚にも多く見られます。



千葉県に富士講が入って来たルートはおおよそ3つあるようで、(以前ちょっとふれましたが)市川市あたりの富士講は埼玉から江戸川経由で来たものと、江戸東部から伝わったものと、講によって違う気もいたします。「山玉講」は深川からなんですが、「山不二講」は内陸にもあるわけで。(浦安には両講あります) とにかく「山不二講」、大きいようです。

つづく。。。


立派な八幡宮の鳥居をくぐり、本殿に挨拶した後、裏手に回ってみます。



公園のように遊具があるスペースの端に、



こじんまりした富士塚がありました。

ちゃんと祀られていない荒れた富士塚に見えますが、実際はそんなことはありません。確かにフェンスに囲まれていて、うち捨てられたような扱いです。でも、しばらくひだまりの中、塚のそばにいたら、とてもくつろげました。なかなか気持ちのいい一隅です。

立て看板は「登るな」でなく「タバコすてるな」となっている。登るなじゃないからおとがめはナシ(笑)!子供たちがいなかったら門扉を開けて登っていたのですが。残念。すべり台の上に昇ってみました。

では、近づいてみます。実は立派な塚だったのですよ。


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HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
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富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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