▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
また時間が遡ります。
実は、大晦日の1週間前にも砂町富士を訪れていました。



元旦から富士山の連載がスタートした朝日新聞(静岡版&山梨版)の取材で
ここに来ていたのですが、いつものことながら取材そっちのけで
つい新しい発見はないかと物色してしまいます(笑)。

富士塚の頂上には、「浅間嶽大日如来」の碑があるのですが、



以前から私はこの「大日如来」の文字が気になっていました。
この名があることからも、この富士塚は相当古いのですが、
この日、中道にてこの仏像を発見しました。(今頃ですけど!)



破損した部分がセメントで修復されていますが、



長い耳たぶや装束からも、大日如来像に違いありません。
現場でお会いしたY講元に聞いてみました。

「ようやく大日如来像に出会えましたよ♪」
「ふっふっふ。前からありますよ〜〜〜」

私がここに来たのはおそらく10数回は下らないでしょう。
さすがに普段からちゃんと見ておけとも思いますが、
それでも、こういうものが目に入るかどうかは御縁次第。
出会えるのはありがたいことです。

それからこれ。



中央に「氏子中」の文字が目立つこの石碑。

「砂町富士にはホンモノの富士山の土が混ざっている!」と、
東京人10月号の中でも書かせていただきましたが、
この碑を画像で記録したのは、実はこの日が初めてでした。



右側に、
「御尊山土持 土方
 世話人 植草喜左衛門 矢沢捨次郎 畑 長吉」とあり、
「御尊山」つまり富士山の土を「土持」つまりその土を運んで来た
という記録なのであります。

「土方」の文字も見えますね。名前の明記はないけど
土方をしていた誰かということでしょう。3名の世話人のもとに。



左側には、
「御山造 植木屋竹次郎」とあり、
届いた土を盛って山を造ったのは、植木屋竹次郎さん。

これらの文字を読んで、かなり興奮気味の私でした。
記者さんも驚いていた様子。



暖かい日差しが冬であることを忘れさせるほどでした。

さて、3つめの発見は富士塚から少し離れた場所にありました。



最近、御水講の方たちがとても大切にしている「元八まん道」の標。
亀戸浅間神社にあった道標を思い出させます

で、その右側に鎮座するお不動さん。



その手前の水盤を見て驚きました。
奉献の文字に挟まれたのは、まぎれもない富士山マーク。

「Yさん、これは御水講のですよね?」
「そうですよ〜〜〜。古いですよ〜〜〜」

参りました!!







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年が明ける少し前に、南砂の元八幡に滑り込みました。



「山吉丸す御水講」の提灯も煌々としています。
知った顔を探しているうちに、あっと言う間に氏子の方達が
本殿に集まりました。



宮司によるお祓いが始まりました。私も一緒になって頭を下げます。



雲間から出てきた月が気になったので、抜け出して横から撮ってみた。
右上、泳ぐように写り込んだ2012年最後の月光。



立派な神輿も一般公開。デカイです。
すでに氏子さんたちの気合いが込められている!
なぜなら今年は大祭(本祭)があるそうな。
区長も駆けつけ、檄を飛ばしていました。



火の粉にフォーカスしてしまったけど、いい光景です。冬の。



撥が早くて写らない。



友人も駆けつけ、富士講の方たちと飲んだのは、日本酒とコレ。
「富士山五合目奥庭みやげ『富士のこけもも』」のお酒です。
不老長寿ですって? 嬉しい!(やっぱり長生きしたいもの)
美味しかったです。ありがとうございました。

ちなみに私は「コケモモ」という名の響きが好き。
子供の時、ムーミンの本を読んで憧れたもんです(笑)。



奥の浅間神社も見に行きました。
夏みかん(?)がたわわに光っていて驚きました。

この光と影。色彩と闇。次元の階層。非日常な。。。

子供が立ちつくす。誰かを待っている。
去年(数分前)の自分の後ろ姿?いや、先を行く自分か。



灯籠にも明かりがついて、お宮が照らされています。
まっさらな紙垂が眩しい。



「富士塚もライトアップしたらー?」なんて言いながら、
イチョウの落ち葉を踏みしめて登拝しました。
(よい子はマネしないようにね)



参拝者はどんどん来ています。列もできました。



暖かい年明けでした。






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富士塚の麓に里宮があります。
そこで元八幡の宮司による祝詞奏上の後、富士講による玉串奉奠がありました。



私もしっかりお参りさせていただいて。



朝の涼しい光の中、静かに流れる儀式のとき。



富士塚の頂上にお供えしていた鏡餅。朝つきたてのおいしいお餅♪
浅間嶽大日如来の石碑は富士山の方角です。



直会では、お寿司やお酒をいただきました。おいしかった〜。
ごちそうさまでした!



20代の青年もいる若い講員たち。実は江東区区長も富士講です♪
皆様お世話になりました。いつか富士登山お供いたします。
もう3か月半も経ってしまいましたが、
今年行ったお山開きのレポその1。



新しく染め抜いたマネキがまぶしい〜!!
江東区の元八幡、砂町富士の開山式は、朝10時から。



講の方々が集まって来ました。
ここの富士講は、通称「お水講」。新しい講元はプチ飲み友達ですっ。
酒豪でなければ講員になれないとかなれるとか(笑)。

つづく。


「晴れてよし曇りてよし富士の山 もとの姿は変わらざりけり」(山岡鉄舟)



この神社にあるものは「山吉丸す御水講」(マルキチオミズコウ)による富士塚。
マネキは去年と色違い

江東区南砂の砂町富士。

最盛期には八百八講あったと言われる富士講も、今はほとんど解散しています。
存続している講も、講員の高齢化が進み、富士塚の管理もできず神社の片隅にひっそりしているのがわかります。

でも、ここの講はまだ活動している「らしい」。
手水のところに発見したのは「マネキ」と呼ばれる講の旗。新しそう!
富士登山をする時、みんな白装束だと誰が仲間がわかりません。そこで、それぞれ講紋を作ってシンボルとしたのです。たいてい大先達の名前をとったり、地名を入れたりしてます。
これは「山吉丸す御水講」といいます。(マルキチオミズコウ。吉は富士吉田の吉、すは砂村のす)

わたしも講紋を持っています。(笑)

砂町富士が移築したのは昭和36年。これは教育委員会によると昭和30年頃の写真なので、引っ越し前の姿ということになります。確かに田園地帯のようです。

もともと天保の時代にできた富士塚ですが、このあたりは土地が低く、水害によって何度も壊れたので、昭和に大がかりな移築をしたのです。お金もかかります。寄付をした人たちの名前が石碑に刻んであるのは納得です。

ちょっと大ぶりの富士塚を離れて見てみましょう。

これは江東区南砂、元八幡社にある【砂町富士】。プロフィール画像の背景にある塚の前面です。
「のぼってはいけません!」の看板も気にしない。だってこれは比較的凹凸がない塚で、とても危険とは思えない。社務所側の管理立場もあるでしょうが、まあ短時間ですし、何より「登ってこそ富士塚」ですもん。大人たちが登頂したのを見て、近所の子供たちも喜んで登って来ました。大丈夫、見ててあげるよ〜。(って、登り慣れてるわ……)

実はこれが全貌ではありません。向かって左側に宝永山がつくられています。かなり大きな塚です。高さは約5mだけど。それはこのあたりが田園地帯で余裕があったおかげでしょう。歌舞伎町の富士塚とはえらい違い。ちなみにこちらも30mほど移動したのです。

そう、「富士塚は動く」のだ!


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士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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