▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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昨年のお山開きは、CSテレビ、ワンダーJAPAN TV #9東京の富士塚の取材でレポした十条富士です。





例年と同じ、十条っ子で盛り上がるお富士さん。

今年はどんな様子だろうか、と思いながら訪れました。
実は、ここ数年、塚の面する岩槻街道の拡張のため、
十条富士の取り壊し問題で気をもんでいたのです。



この塚が、左(道路側から)半分削られるしまうのは、正直、痛々しい。
今年が塚の見納めか、と内心フクザツでありました。

砂町富士の直会でいただいた、お酒の酔いがようやく醒めた頃、
講元と世話役から、ゆっくりお話を伺うことができました。
場所は塚の西側に隣接する集会所の座敷。講員の控え室です。

「昨年はお騒がせしました。いきなりですが、例の問題は?」
「お富士さんは存続です。お祭りも変わりませんよ。」
「えっ? それはいったい。。。?」

結論からいうと、
塚は、数メートルの移築ですむということでした。

道路拡張のため、塚は削られるけれど、
その分、集会所の建物と合体するという計画があります。
つまり、塚全体を西に数メートル移築し、頂上の奥宮も
集会所建物の上部に乗り上げる、というわけです。

私はひそかに安堵しました。

姿を少し変えることになりますが、塚の移築ですめば最小の
ダメージになるのです。

時代の流れには逆らえないけど、富士塚の存続にいくばくかの
創意工夫があれば、私個人としてはとても嬉しいことなので。



集会所の外階段から撮った写真です。
塚の上部は、3月の大地震にも耐えた金属補強が健在でした。

なんだかんだ言っても、今を生きる人が一番大事。
今を大切にすることが未来につながることだから。
そう思えば、カタチを変えることくらい大したことじゃあない。
工夫をほどこすかぎり、きっと先人の想いは消えナイ!

そう思いながら、十条を後にしたのでした。

ちなみに、ひとつ前の砂町富士も、
昨年には取り壊しの計画があったのです。

毎年、いろいろ学ばせてくれる富士塚なのです。
7月1日はホントに大忙し。朝に山開きの儀式があると思えば、夜は祭で熱気を帯びる町がある。こちらは夜編。この日最後のロケ現場、十条富士へ向かいました。



日光御成道でもある岩槻街道に到着すると、空は藍色がかって深みを増していました。旧道は、地面から異様な熱気が立ちのぼり、すれ違う人々も浮かれ目をしている。前方の森が十条のお富士さんです。 



ひしめく露店から、いろんな匂いが混ざって流れてくる。
祭びとの望む早さで、闇が一気に降りてきました。富士塚はもはや形が見えない。



登山口が、見世物小屋のように妖しげです。



祭の時だけ小屋の立つ、ここが富士神社で、



昔と変わらぬ御三幅と御神体がお披露目されています。



お富士さんの登山口。人々は列をなして登って行きます。まるで宇宙船に吸い込まれるかのように。



毎年おなじみのお札や護摩木や線香の中で、ひときわハデなかたまりがありました。「麦わら蛇」(神龍)がバージョンアップしたのでした。



「麦の穂を切り落とさないで、うまく使ったんです」
富士講の世話人、Sさんが誇らしげに教えてくれました。麦穂は龍のヒゲとなって、確かに迫力が出た。枝振りの……じゃなかった、ヒゲ振りのよいものをSさんが選んでくれました。

講の方たちは何だか以前よりも熱心でした。岩槻街道の拡張計画のため、富士塚はそう遠くない将来に取り壊されることになっています。塚が消えるまで、彼らは地域に残ったハレの灯を燃焼しようとしているのでしょうか。とても熱いものを感じました。

富士塚の頂上では、お焚き上げの火が例年より遅くまで燃やされていました。
霊入れと呼ばれている神事は7月1日の午後(1時頃から約20分)あったそうです。残念ながら間に合いませんでしたが、後日いただいた画像で頂上での様子がわかりました。王子神社から宮司がいらして(富士神社は王子神社の境外神社です)講の方たちが浴衣姿で参列し、修祓の儀が行なわれました。

祝詞を上げ、お祓いをし、玉串奉奠(ホウテン)をしたということです。


登山口でお札や麦藁蛇を売る講の方達。去年の様子参照→お札 麦藁蛇


頂上で火の中に入れるお線香もあります。


「どれ買う?」「全部だよ」「あれ?お兄ちゃんは?」「もう登ってるよ」


護摩木はいろんなバリエーションが。この後一種類売り切れが出ました。ど〜れだ?(笑)


新旧の「御三幅」。外側の赤いのが古い。一番右が「小御嶽と大小天狗」、左が「五行御身抜」、左からふたつめが「このはなさまと書行と食行」


儀式の後の山頂石祠。玉串がこんもり。


ちょっと離れて見たお山です。右側から登って左に下りる。


露店のにぎわいの近くから撮った図。

十条富士をあとにして、縁日の屋台が並ぶ通りに出ると、向こうから先ほどの行者がやって来ました。「道了尊 高城栄堂」と書いてある。真っ赤な一枚歯の高下駄を履き、法螺貝を吹き歩く姿は人の目をひいていました。この方の装束は立派でしたが、山伏がよく頭につける白い「宝冠」(長頭襟ともいう)は、富士講の人たちもつけるものです。一丈二尺の白いサラシを頭に巻きます。前から冠り、後頭部にて組み合わせ、前で更に組み合わせ、耳の両側のところで下から上に挟み、両端を下に垂れるのです。細く12の襞をつくって衆生にかかわる12の因縁をあらわしています。これはまたの機会に。

子供達のまなざしが面白いですね。

赤い舌を出した蛇。生の杉の葉との補色が美しい。「水まわりに備えるとよい」と言われました。もうこれを作る職人さんがいないのだそうです。私がやってもいいですけどー。

麦藁蛇を買うのを忘れていて引き返しました。「へびはないですか?」と聞いたら、複数の年配の方が「ああ、『じゃ』だね」と口をそろえて教えてくださいました。「『じゃ』ですか……」私の頭にはJahがよぎり、神様は似るもんだななんてこじつけて喜んでました。(Jahとはジャー、つまりラスタの神さまね♪)

頂上からだとよく見えた。正面の石段ではない登山道。たっぷりの幅がありなかなかよいです。ホントはそっちを登ってみたい。。。

石祠の右手前の角に何も彫られていない石碑らしきものが設置されているのが特徴的。ところであちこちの石碑に「伊藤」の文字があります。この方こそ、食行身禄、つまり伊藤伊兵衛であります。

下界を見下ろすとこんな。右下の中腹には小御嶽神社があります。


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芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
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富士山に登りたくても登れな
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関東各地に造られた「人造富
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地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
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美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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