|
▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
本日、1月30日刊行です。(書店に並ぶのは31日)
![]() 私ならではの♪♪♪ イラスト満載。写真たっぷり♪ 口絵を削ってでも、中身のボリュームをキープしました。 (320ページ) ええっと。本のFacebookもこれからリンクしますんで。。。 どうぞよろしくお願いします。 とりいそぎ!
豊田本富士レポの途中でしたが、
新しい年が明けましたので、しばし中断。 今年もどうぞよろしくお願いいたします。 昨年はいろいろ忙しく、特に新刊本の執筆に尽力していたので、 ブログが滞り気味でしたがようやく。。。手を離れつつあります。 本は、今月末に出ます♪(詳細はまた追って徐々に) これからまたブログをちょこちょこ書いていきたいと思います。 だって、ネタは山ほどあるんだから。 とりあえず、新年の画像から。 元旦の大泉富士です。オトナたちがわらわらと登ってます。 こんなにオトナばかりなのは珍しい。 塚にある神社(鈴原神社とか)に供えられてあった餅。 木皿にあるのがよくわからないけど、どうやらそれも餅? 興奮気味にカメラのシャッターを押すファミリーたち。 撮ったり撮られたりの大家族でした。 頂上から南西の方角、木々の向こうに富士山が夕陽をあびています。 富士山を意識したら、フシギな写真が撮れました。 中央の、グリーンの光が眩しいです。 ![]() 西側斜面から下山したら、雲切不動の石碑が 夕陽に光っていました。明治7年の古い碑です。 左下に刻まれた文字は、丸瀧講の名。 大泉富士は丸吉講ですが、 ここから近い白子富士を造ったのが丸瀧講。 かつて、講同士の交流は頻繁にありました。 大泉富士の山開きでも、講員が覚えていました。 「昔はね、白装束でよそから歩いて来たもんです」 2日の夕暮れ。大泉富士のすぐ西側の公園から見た光景です。 ![]() 私はこのブルーを「宇宙色」と呼んでいます。 この発色で、この透明感。もはやただの空ではない。 地球という天体に、孤高にそびえる富士山は、 遥か遠くの宇宙空間からも認知されているでしょう。 そして成人の日、 浦安でも美しいシルエットが見えました。 ![]() 場所は堀江ドック。旧江戸川を挟んで、西を向く。 この時期夕陽はどのへんに落ちるのだろうか。 (たぶん、富士山の左側だと思いますが) ダイヤモンド富士に疎い私もさすがに気になります。 浦安では、富士山と夕陽の位置で、季節を感じたそうです。 富士山の左側に落ちる太陽が、しばらくすると右側に落ちる。 それを「富士戻り」と言って。
富士塚の頂上にまた小さな富士塚が!?
拝殿の奥にある本殿をボク石で固めたため、そう見えるのです。 そして、その後ろにあるのが火口です。 お穴と呼ばれるこの火口は、初山祭りのときには、賽銭が投げ込まれます。 本物の富士山の火口も、昔から賽銭を投げ入れる巨大な賽銭箱でした。 だから、これも「れっきとした」ミニチュアなのです。 中から見ればこんな感じ↓ 頂上にはいくつも石碑がありますが、 これは、よく見かける富士山型ですね。 熊野堂富士にもあったし、目黒元富士にもあります。 というか、このシェイプはよくあります。 下山道は裏側にちゃんとあります。 「く」の字に折れ曲がっている踊り場には、石祠があります。 小御嶽かと思われますが、台座に刻まれた文字を見て一瞬ビックリしました。 砂村だって〜!? ここの山吉講の兄弟講、江東区砂町(砂村)の山吉講(お水講)から寄進されたか? と思ったのですが、川越にも砂村がありました。 そしてそのまま下山すると、 広くゆるやかな道をたどり、 下界に戻りました。 登山道に戻って来ます。これはイイ! 登って降りるという行為は、シンプルながらも、ある意味哲学的です。 登るは「挑む」「願う」「上を向く」。そこには向上心が宿っている。 そして下りるは「完結する」「自分を見つめる」「次の進路を目指す」こと。 そうそう。 富士塚を、イサムノグチは知っていただろうか、と思うことがあります。 私の敬愛するイサムノグチは、 いくつもの素晴らしいノボリモノを残しました。 彼は、遊具(滑り台)として使える作品について語っています。 「僕の作品は子どものお尻で磨かれて完成するんだ」 富士塚も似ています。富士塚は、登って下りて完結するのですから。
川越の富士塚はちょいとフシギ。
川越というか、雀ノ森富士とここの富士塚の特徴なのですが。 塚全体の頂上に、さらに尖った塚があります。 正確には、奥宮をボク石で囲んだ姿が小さな富士塚に見える、 ってことだけど。その二重構造が愉快で◎。 社の左右には、 ペアの猿像が笑ってます。 烏帽子をかぶり、御幣を掲げる♂猿と、神楽鈴を振る♀猿です。 烏帽子猿は、昔の猿回しの猿の典型的な姿ではありますが、 もともと、山王信仰の神使としての猿のイデタチ。 神使と書いて「まさる」と読むそうです。魔が去るってゴロ合わせね。 富士山信仰は、庚申信仰だけでなく山王信仰も混ざったという証拠です。 一方、鈴鉾を持つ♀猿は、まるで角隠しをかぶった花嫁みたい。 たぶん手ぬぐいを頭に乗せて、吉原かぶりしているのでしょう。 つづく。。。
次のページ>>
|
リンク
カテゴリー
最新CM
[01/22 芙蓉庵]
[01/22 Q]
[01/13 芙蓉庵]
[01/13 芙蓉庵]
[01/11 R父]
[01/11 ひさ]
[11/17 芙蓉庵]
[11/17 Q]
[09/20 芙蓉庵]
[09/18 tko_bbq]
[09/09 芙蓉庵]
[09/07 エバポリタン]
[09/01 芙蓉庵]
[08/31 東風]
[06/09 芙蓉庵]
[04/21 naka]
[04/11 芙蓉庵]
[04/11 芙蓉庵]
[04/11 芙蓉庵]
[04/10 金坂 京子]
[04/08 Q]
[04/04 katsug]
[03/21 芙蓉庵]
[03/21 徳田でっす]
[03/06 芙蓉庵]
最新記事
(01/30)
(01/25)
(01/22)
(01/16)
(01/13)
(01/10)
(12/19)
(12/11)
(11/21)
(11/15)
(11/07)
(10/31)
(10/23)
(10/17)
(08/09)
(06/20)
(04/21)
(03/17)
(02/23)
(01/30)
(01/24)
(01/14)
(01/10)
(01/07)
(01/04)
最新TB
(11/04)
(11/04)
(04/09)
(09/11)
(01/15)
(12/01)
(10/15)
(07/12)
(07/01)
プロフィール
HN:
芙蓉庵
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
………………………………… 富士山に登りたくても登れな い人たちの為に、江戸時代に 関東各地に造られた「人造富 士山」のこと▲です。富士山 を信仰する▲▲▲富士講によ るもので▲▲▲▲▲したが、 地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富 士山が出来たことで、多くの 人が登山でき、大流行しまし た。民衆のパワーですね♪♪ 富士山の溶岩をのせ、一合目 から頂上まで登れるようにな っています。意外なところに ひっそりたたずんでますよ。 ………………………………… ▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼ ………………………………… 美しい作品も好きだけど、コ ンセプトありきで表現するこ とに喜びを感じるビジュツ家。 表現形態はこだわりません。 現在、富士塚のコンセプトに インスパイアされ、色々な媒 体で表現。2008年末に出版 した【ご近所富士山の謎】も 私にとってひとつの作品です。 なぜ富士塚か……それは、海 外生活での体験から。詳しく は本のあとがきに記してあり ます。 ★★★★★★★★★★★★★ お問い合わせ、ご連絡は↓ fuyo-ann●abox3.so-net.ne.jp (●を@に変えて入力して下さい) ★★★★★★★★★★★★★ 掲載の写真・イラスト・文章等の 無断使用・転載は御遠慮下さい ★★★★★★★★★★★★★
ブログ内検索
アーカイブ
最古記事
(04/04)
(04/04)
(04/05)
(04/05)
(04/06)
(04/06)
(04/06)
(04/06)
(04/06)
(04/06)
(04/06)
(04/06)
(04/06)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(04/07)
(04/08)
(04/08)
(04/08)
(04/08)
(04/09)
(04/09)
(04/09)
mountains
|




