▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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千葉県の「登戸(のぶと)富士」の次は、神奈川県の登戸(のぼりと)も気になります。

行ってみました。小田急小田原線の向ヶ丘遊園駅から徒歩5分、川崎の登戸にも富士塚がありました。「登戸(のぼりと)富士」と言えるでしょう。



今昔マップの左側、明治30年頃の地図に字名の「富士塚」が書かれています。「塚」の文字の下あたり、路傍に浅間神社(浅間社)があり、登戸富士が鎮座しています。(現在の地図ではピンクの★)



ここが、同じく登戸にある「丸山教」(現在は向ヶ丘遊園駅の北側)を立ち上げた教祖伊藤六郎兵衛(本名は清宮)の実家の近くとのことです。

川崎の登戸富士は、低いけれど底辺が大きい。古墳の転用らしい(この付近はおびただしい数の古墳があります)です。





石段を登ると広い頂上。軽く100人乗れますね。正面に新旧の奥宮の社、左右にもひとつずつ石祠と御手洗石があります。







祠の土台や御手洗石に、「山」の文字の入った紋が彫られています。丸山教は、清宮家が信仰していた富士講「丸山講」を元に結成された団体ですが、のちに「富士一山講」と合併した時代があるので、そこから取った「山」なのです。縦に「一山」と書かれることもあります。

















また、「清宮伝左衛門」の文字が見えます。これは、丸山教の教祖、伊藤(清宮)六郎兵衛の先祖で、丸山講の先達をしていた人物だと考えられます。富士塚の登り口にある青面金剛像の土台にも、清宮姓の奉納者の名がありました。
















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葛飾北斎が描いた冨嶽三十六景の一枚「登戸浦」。
内房の千葉湊から眺めた富士山を描いたものです。



富士山をまたぐ鳥居は、海岸沿いの「登渡神社」のもの。神社名は「とわたりじんじゃ」ですが、登戸(のぶと)という地名から、地元の人には「のぶとじんじゃ」で呼ばれています。



千葉市中央区は、埋め立てが進み、現在の海岸線は遥か沖にありますが、明治時代はまだこんなでした(白黒マップ参照)。高低差から、神社が崖の上にあるのがわかりますね。



もうひとつ、松井天山の描いた「千葉市街鳥瞰図」(昭和2年)にも、「登渡神社」が描かれています。



ということで、「登渡神社」に行く。







境内社として浅間神社はあるものの、富士塚は見当たらない。



やっと見つけた石碑2基。富士山の方角に向かって立っています。





ひとつは「浅間大神」、



もうひとつは、「登渡富士講」と刻まれていました。





でも、あると思っていた山水講の文字はなく、三峰に九曜紋(千葉氏の信仰は妙見大菩薩です)があしらわれていました。

富士塚を探しながら社殿裏の山を観察。よく見ると、社殿と裏山の境目に多数の石碑があり、「富士嶽大神」の文字が目に入りました!



富士塚に建っていたものに違いない!!



神社の方にたずねると、2年前の改修時まで裏山は開放していたとのこと。山の上から浅間神社の社を境内に降ろし、その際に、講碑をコンクリートで埋め固めたらしい。

許可をいただいて撮影しました。小御嶽神社や烏帽子岩もあります。





裏山にも入らせていただきました。石段を登りきると、遥拝を目的とするような頂きがありました。山頂に山水講の文字が刻まれた碑があるはずですが、急いでいたので撮り忘れました。残念!



「登戸富士」と呼べると思います。北斎がもう少し広範囲に描いていれば、この作品「登戸浦」にも富士塚が入っていたのです。

ちなみに、現在山水講はありませんが、「登渡神社富士登拝の会」が毎年富士登山をしています。現在の富士講(=登渡富士講)と言ってもいいでしょう。富士塚は彼らが受けついだわけですね。

★北口本宮冨士浅間神社のサイトには、千葉市の「登渡富士講」が「現在も活動している富士講」として載っています。









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「平井富士」のある江戸川区平井には、もうひとつ富士塚があります。



旧中川の北側に位置する平井浅間神社(江戸川区平井3-1-18)一帯は、かつて逆井村と言われていたので、その名を取って地元では「逆井富士」と呼ばれています。「逆井」の読みは「さかさい」です。









江戸川区に富士塚は数多くありますが、この塚は最大です。講碑の数とその大きさもすごい。お金がかかっています。彫りものが読み応えあります。















小御嶽神社の碑!











裏の「石工 若松鶴年」がいい!!


修復は過去に何度もされました↓



が、講碑はなぜか塚前面だけに集められ、背面はコンクリート斜面に丸石が埋まっただけ。駐車場にぐるり囲まれてしまったのでそうしたのでしょうが、公園の遊具のようで、ちょっと違和感があったものです。でも、「これも塚の個性」と思えば愛嬌(?)がありますね。
























スカイツリーがあんなところに。。。














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江戸川区の「平井諏訪神社」は、こじんまりとしてとても温かみのある存在感。地元に愛されているのが伝わってきます。



年初独特の清々しさの中、境内に入ると、富士塚も正月の飾り付けがありました。







この富士塚は「平井富士」。小さいですが、奥宮と小御嶽神社がふたつの山を成しているかのようで面白い構造です。















絵馬堂があります。昔の絵馬(奉納する大型絵馬)には、参拝・参詣する群衆が描かれたものが多いですね。











丸富講(と在郷軍人團)が奉納した絵馬が掲げられています。向かって右側、縞柄の着物を着た人たちが富士講です。

拝む先には富士山の姿はありませんが、雲に乗った御幣が見えます。富士山を拝むとか富士登山の安全祈願ではなく、大正天皇の病の快復を願う絵馬だったからだと思われます。



丸星講による築造とされますが、丸富講の関与がどうだったのかはよくわかりません。奥宮の石祠には「大正9年」築造、小御嶽神社の石碑には「大正7年」と刻まれ、絵馬は「大正2年」の奉納です。

塚を築いた丸星講と、塚を持たなかった丸富講が合同でこの富士塚を管理するようになったのでしょうか。少なくとも、この富士塚ができる前から富士講(丸富講)の活動は活発だったわけですね。(丸星講は多くの塚を江戸川区に造っています)










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「勝手にニュース2017」第1位は、「シン・松原富士」と決まりました!

1393【 東京の富士塚がひとつ増えます!】の記事でも予告しましたが、扶桑教(世田谷区松原)境内に松原富士が70年ぶりに再築され、竣工式は7月9日でした。



浅草富士や鉄砲洲富士や飯塚富士など近年再築される富士塚は多いですが、この松原富士はちょっと違う。

私が嬉しかったのは、アーティスティックな仕上りだったことです。



胎内に入ると、素晴らしい空間に包まれます。

まずは手水鉢。

そして粘度の違う溶岩



そしてそして、頭上からは真紅の光が注がれます。



胎内は富士山麓にできた洞窟なので富士塚の胎内も通常小さいですが、この富士塚は大人が何人も入って立つことができます。なぜなら山頂まで到達しているからです。



非常にユニークでアーティスティック! このシン・松原富士に関わった建築家やクリエイターと一緒に、私の知人のキュレーター(現代アート)も交えて胎内空間を味わいました。個人的には、「やられた」感があるほど感動しました。私もモダン富士塚を創るなら、このくらいの大胆さがいいと思っていたからです。(メタル富士のように)

もちろん、アーティスティックとはいえ、これはアート作品ではありません。むしろ、信仰物であるからこそアートにとどまらない大きなスケールとなったのです。それは、その場にいた全員が同じように感じたことでした。



さて、このシン・松原富士は、山頂に立つことはできませんが、そこには奥宮があり、胎内に光を落とす琉球ガラスの天窓が設置されています。(可動式)





奥宮の祠も両側からオープン可。扉越しに空を取り込むなんて、なんというアイディアでしょう。

ちなみにラフコンテはこんなでした。



竣工式の儀式は炎天下、とどこおりなく催されました。









このシン・松原富士は、セメントは一滴も使われていません。組み石だけで造られています。

そして儀式の最後に、ひとりずつ、

ボク石を積む!

頂上にどうやって立てたのか。野口 健さんと管長。

その後、

田代 博先生も

アーティストの友人たちも登拝しました。

知人のキュレーターやフォトグラファー。

アートがらみの方たちの感想を聞きたくて、来ていただきました。皆、このユニークな富士塚を評価していたようでした。
私も次の作品を早く形にしたいです!

おまけ。

砂紋つけにチャレンジしました。

まずは教えてもらって。









このすばらしい富士塚に感謝の気持ちを捧げ、2017年を送りたいと思います。
2018年もいい年でありますように!









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アートや市民活動も積極的に取り上げる「スパイスアップ」。



横浜市青葉区、都筑区、緑区の興味深い情報がたっぷりです。

➡︎ 2017年秋号/vol.11 の特集は富士山。
私は都筑区にある3つの富士塚のひとつ、山田富士をご紹介しました。



かつて、現存する3富士のほかに4か所(荏田、茅ヶ崎、新羽、篠原)を入れた富士塚を「港北7富士」と言っていたそうです。









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気づいたのが最近でしたが、今年の春にアップされていたようです。



忍野八海近くにある天台宗のお寺「東円寺」のサイトに、
「講左衛門通信」という学習ページがあり、PDFファイルで見られます。

第81号は富士塚のお話の中で、「富士塚ゆる散歩」にもふれてありました。
ありがとうございます。

富士講と関わりが深く、由緒あるお寺です!
ぜひ、お詣りさせていただきたいと思います。

➡︎ 「天台宗 忍草山 大日院 東円寺」のトップページ

➡︎ 「講左衛門通信」








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千葉の初山なら、稲毛についても書かねばですね!

稲毛浅間神社の大祭は千葉ではかなりメジャーで、稚児行列が今も残っていることから、よそから移住して来た人にも「子供のための祭」だと認識されています。



有名なぶん、人出もハンパありません。JR稲毛駅~京成稲毛駅~稲毛浅間神社へ続く「せんげん通り」は、人でぎゅうぎゅうです。



屋台に混じって「房州団扇」を売る店もあります。



人波をすり抜け神社に到着。裏から入るとすぐに「小御嶽社」があります。



真っ暗でわかりませんが、石碑には山水講の紋が刻まれています。



実は山頂近くにも山水講の碑があります。別の日に撮影した画像を載せておきます。



頂上に登りきると、子供を抱いた参拝者が長蛇の列!



富士山の方角





 傍では「子育ての笹守り」専用のテントが設営されています。







このゴージャスなお守りは、お札や絵馬や吹き流しや鈴など、あらゆる縁起物が若竹にくくられていて、まるで七夕の飾り付けのようです。江戸で流行った「麦わら蛇」にも似ていますね。



実はこの笹守り、そこそこ歴史があります。

稲毛の海岸が埋め立てられる前(1950年代)の写真が残っています。
かつて「一の鳥居」は海の中にあり、大祭でのお祓いは鳥居の近くの祠で行われていました。大祭の時だけ、鳥居のところまで小舟を並べて臨時の桟橋を作り、その上を歩く人が笹守りを持っています。



現在の稚児行列もそれにならい、一の鳥居から正式な出発をします。





稲毛名物「小麦万頭」も売られます。



富士講の方たちは「浅間まんじゅう」と呼びます。(皿に盛り付けた画像は富士講講員の奥様のお手製です)



さて、おまけです。

現在、一の鳥居と二の鳥居は、千葉街道(国道14号線)で分かたれています。

二の鳥居

一の鳥居から二の鳥居を見る

そして、一の鳥居の足元にはこのお社。



上のモノクロ写真(1950年代)にも写っています。
ここからそのまま、200m海に向かって歩いたところ、団地の敷地内に、「浅間の泉」を発見しました。



現在は水道管が使われていますが、海中だったところなのに「泉」とはナゾですね!









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千葉県の九十九里にも初山があります。
総武本線の松尾(成東のひとつ隣)が一番近いです。
車窓からの景色は、延々と田園が続きますが、遠くに低山が見えてくるので、浅間神社である富士塚は、数十メートル規模の自然地形の山だと想像できます。



松尾駅はいい感じ。



駅前の商店も最高です!(ちゃんと開店してます)



駅を離れるとすぐに田園です。



ガマの穂を見つけたり、「さんむ田んぼアート」に遭遇しながら歩くこと20分。



とにかく人がいません。。。

誰にも出会わず「祭りは今日じゃなかったのかな」と不安になる頃、



「通行止め」のサインが目に入ります。



低山を右手にしばらく歩いて行くと、



縁日の屋台と、遠くに幟も見えてきました。
ふうっ。ここで間違いない!



幟に「冨深山」と書いてあるのが読めますか? 
冨深山ふじさんと読みます。富士山をこう表記するのはおそらくこの地域でしかないでしょう。





お祭り! お祭り! 浅間様のお祭りです!



ここは、田越浅間神社。



登山口では青年たちが手水をかけてくれます。これでお清めを忘れる人はいませんね。ナイスです!



登下山道の図もわかりやすく描かれていました。



登山口の左右には、左:「浅間神社」と右:「冨深山」と刻まれた石が。



登山道は登りやすいがなかなかキツい。



「お年寄りや体の弱い人はここでも拝めるように」と、途中に里宮の拝殿があります。





氏子総代の方達から御神酒をいただき、お祓いしていただき、頂上へ行く人は「行ってらっしゃい」と声をかけられます。

白い幕の中央にあるのは、富士講の紋ではなく、三峰のマークの下に「冨深山浅間宮」と書かれているのです。



では、行って参ります。



里宮を後にし、



しばし頂上を目指します。





「もうすぐ? 」「うん!」「あ、ちがうちがう、下山道から入っちゃだめだよ」
(私をはさんで親子の会話)

そうそう、ここが頂上の奥宮です。



頂上は最高のビューです!海が見えています。





涼風が気持ちいいですが、初山なので「団扇」です!
ここは千葉なので、日本三大団扇のひとつ「房州うちわ」です!(柄が丸い)



子供を連れた家族が本殿にお参りします。



本殿の中に入らせていただきました。



ここでは額の御朱印はありませんが、神職による大変丁寧なご祈祷を授かります。



御朱印の代わりというわけではありませんが、指で御神酒を赤ちゃんの額につけるという、興味深い動作を拝見しました。(やはり眉間はパワーが入りやすいところですよね)



ここでは、お子さんが7歳になるまで毎年お参りしましょうと言われます。
そういえば、各地の初山でも「7歳児まで」と言っています。そのわけを神主さんに尋ねたら、こうおっしゃいました。

「7歳までは神様ですから」

神輿が祀られ、極彩色かつ茅葺き屋根の本殿は、かなりの迫力です。







お世話になりました! 素敵なところでした。また訪れたいと思います。










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三山の後は、東武動物公園駅から東武日光線でふたつ目の「幸手」へ向かいました。



杉戸や赤松の初山でも「幸手は行きましたか?」と尋ねられたほど、幸手の初山は有名です。









氏子の方達は荒宿の「桜講」。桜はもちろん浅間神社(コノハナ)のシンボルですね。幸手宿は日光街道と日光御成道の合流地点だったせいか、町も人もオープンです。皆さん大変親切で、面白いお話もいろいろうかがいました。



お参りをして子供の額に御朱印を押してもらうのは他と同じですが、とにかく人が多い。ひっきりなしに赤ちゃんを抱いたファミリーが訪れます。この日のために駆けつけた神主さんは、午後4時を過ぎてもお昼ヌキでした。









ここでは団扇や痰切り飴のほかに、長ネギが配られます。



「節のないまっすぐな子に育つように」というのが一般的な説明ですが、根っこつきの2本を配るのは、根を白髪にたとえて「共に白髪の生えるまで」という夫婦円満の願いを兼ねているそうです。コノハナラベルのお酒も飛ぶように売れていました。ブルーボトルが涼しげです。



富士塚は平地に盛り土をして造ったもので、その上に浅間神社の社殿が乗っかっています。



小御嶽神社が立派でした。夜は縁日が立ち、賑わいが増します。











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プロフィール
HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
…………………………………
富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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