▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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かつて神田明神の境内に富士塚がありました。
江戸は天保年間(天保8年以前)の築造と言われていますが、詳細は知られていません。
(境内にある獅子山は富士塚ではありません)

雨降る過日、神田明神を訪れてみました。
神社には「神田富士」が描かれた江戸切絵図と現在地の看板がありました。





それを手がかりに歩いてみたところ、
神社の西側に隣接する「宮本公園」が「神田富士」の跡地であるとわかりました。



中央の遊具に登ってみました。
遊具の頂上から目線を延ばすと、延長線上に下り坂が続いています。



この方向に富士山があるのではないか?と思って
コンパスで調べてみたところ、方角は北西。
残念ながらその先に富士山はありませんでした。
看板の方位が、上が北でなかったので、予測方位を間違えました。

遊具を降りた時、傍らの植込みに気づきました。
あくまでも直感ですが、ここが神田富士の山麓だったのではないか
という印象を得ました。



現在、宮本公園は整地され真っ平らになっていますが、
この植込みの南西側は斜面の頂上で、
コンパスによればその延長上に富士山があります。

たぶん、このあたりに「神田富士」があったと思われます。
宮本公園を訪れる機会がありましたら、ぜひこの地形をチェックしてみてください。








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多忙により、ブログ記事がはなはなだく滞っておりました。

今年は、久しぶりに東京(7/1)と千葉(7/16)で
ディープな富士塚巡りをしたものの、なかなかまとめられずにいます。
(それ以前のネタもたくさんありますが。。。)

時系列でアップするべきですが、すごいニュースがあったので、
それらをすっ飛ばして記事にしてみます。

見出しにあるように、初山祭りが静岡にあったという事例です。

久しぶりに実家に行った際、こんなものを見つけました。



神棚のある部屋に立てかけられていた「初山祭り」の団扇です。

私は仰天しました!
初山祭りは「ご近所富士山の謎」にも記載した内容ですが、
2008年に栃木と群馬の初山祭りの取材以来行ったことがなく、

記述(p217)にあるように、
「初山は、東京と神奈川にはなく、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城の関東のみ」
が通説です。

また、「ご近所富士山の謎」の刊行後にお目にかかった、
初山研究の第一人者である中嶋信彰先生からいただいた「埼玉民俗」にも、





「初山を富士浅間信仰と結びつける習慣は、栃木、群馬、埼玉、千葉に限られている」
と書かれています。

ところがところが!

この度、静岡にもあったことが、この団扇によって証明されました〜〜〜!

画像の団扇は、私が小学生の頃に住んだ静岡で静岡浅間神社の祭りで
いただいたものだそうです。

記憶力のよい母と妹はその時の記憶があるそうですが、
私には記憶がないのがとても残念です。

とはいえ、私も初山祭りに出向いたのは確かなので、
富士塚と富士山信仰に興味を持つずっと以前から御縁があったことに
ほかなりません。

拙著「ご近所富士山の謎」の初山祭りの記事を、再び読んでみたところ、
「東京と神奈川にはなく、埼玉、千葉、群馬、栃木、茨城の関東にある」
とあるものの、「関東以外でもあるかもしれない」と余裕を持たせています。

執筆当時は、何の確証もないまま「関東以外でもあるかもしれない」と
書いたのですが、そう書いたのは7年後の自分に宛てたメッセージだったのか?

いずれにしろ、
「初山祭りの祭事が、関東以外にもあった」ことの証拠となり、
私にとっては今年一番のトピックとなりました♪♪♪






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杉並区で唯一現存する富士塚、井草富士があります。
場所は井草八幡宮。



パワースポットとして評判高いこの神社は、
確かにとても清々しい!
空気が全く違います。



富士塚は、(道を挟んで)本殿のちょうど北側。



境内略図には、浅間神社の文字と鳥居&祠を示す四角形、
そして三峰のマークがあります。





井草富士は、草に覆われた円錐形でとてもシンプル。
東京には珍しいタイプです。(高さは2mくらい)



柵の中なので、寄って見ることはできませんが、
登山道や石碑も見当たらず、麓に丸石で土留めされている程度。一見お中道に見えるところや丸石の配置は、静岡の鈴川の富士塚を彷彿とさせます。





実はこの富士塚も移築組で、昭和50年に遷されたとのこと
(境内の南側から)。
その際、塚に付属していた石像物は動かなかったのですね。
今でも社務所の近くには、立派な天狗像が彫り込まれた
小御嶽石尊大権現の碑が立っています。



東参道のところにも、立派な富士講燈籠があります。
(3年前に有形民俗文化財に指定されました)
刻まれた文字によると、杉並区のほかに練馬区や保谷や田無、
新宿や成子の富士講から寄進されたそうです。

石碑や燈籠の大きさから推測すると、
元の塚はかなり大きく、中道もつけられていたと思われます。
場所はおそらく、今の幼稚園あたりだったでしょう。
当時の姿がとても気になります。








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JR内房線の駅名は、姉ヶ崎(あねがさき)。
でも地名は、姉崎(あねさき)。
千葉県市原市姉崎の「姉崎神社」に「姉崎富士」があります。





陽気に歌いながら、塚を登って来た子どもがいました。
少年「あっ、アラカワさんでしゅか?」



いきなり(かつ礼儀正しく)声をかけられ、
面食らいつつ、可愛らしい登拝者と挨拶しました。

私 「アラカワではないですが、こんにちは♪」
少年「はいっ、こんにちわぁ〜♪」



姉崎富士は、構造上最もプレイマウンドっぽい富士塚です。
低くなだらかで、足元がしっかり造られた安全な石積型です。
子どもたちには格好の遊び場でしょう。



富士塚特有のボク石や、重要な信仰物がたくさんあり、

新・浅間大神碑

古・浅間大神碑

小御岳

磐長姫命

烏帽子岩

参・参明藤蘇活神

二合目

再築碑

立て看板

再築前はかなりの規模だったと推測できますが、
現在の姿は、角石が多すぎてあまり情緒がない。

とはいえ、この塚の造りは、そう重要ではありません。
ここの面白味は、富士塚から西側の崖まで連なっているのです。



姉崎神社は、高台に鎮座していて(富士塚もその高台の頂上にあり)、
西側の崖は、遠く富士山が拝められた地形です。



富士塚のすぐ西側から、さまざまな境内社が並んでいて、
西日が射す時間帯は、ほぼ一直線にパワーが降り注ぎます。

金比羅大権現の石塔の他、
御嶽山大神、八海山大神、三笠山大神などの、
山岳信仰の証が建っています。

各地の霊山に代参した人が、神社にお札を納め、
皆で遠方の山の神を拝んだと思われます。
富士山もそのひとつですね。
(このあたりは富士山信仰の他、三山信仰も根強いです)

御嶽山大神、八海山大神、三笠山大神の碑の延長上に
神宮遥拝所がありました。(神宮とは伊勢神宮のことでしょう)
木漏れ日が射していて、穏やかな一角です。



そして、神宮遥拝所の先は西向きの崖です。
木々が繁っていなかったら富士山が見える方向になります。

昔の人は、ここから遠く富士山を拝み、伊勢を想い、
各霊山に想いを飛ばしていたのでしょう。



姉崎富士〜金比羅大権現〜御嶽山大神、八海山大神、三笠山大神
〜神宮遥拝所のラインがとてもパワフルな神社でした。
西側参道(石段)脇には、御嶽山の鳥居もあり!



ちなみに、この崖の真下には湧水があり、





弁財天も祀られています。
山あるところに霊水あり。いいですね!








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千葉県市原市総社の総社富士から南西に約2km歩くと、
養老川沿いにフシギな山が現れます。





運送会社の敷地内に、高さ20mほどの草山。
見事なコニーデ型で、どう見ても富士山です。





近寄ってみると、ジグザグの登山道や鳥居が見えます。



麓には巨岩がゴロゴロあります。
通常の富士塚にはない巨大な石燈籠も。
地元の石材店が奉納したのかもしれない。



富士塚かどうか疑問を残しながら、
とにかく登ってみることにしました。



登山道には、これまた段差の大きい角石が使われていて、
やはり、業者が重機でこしらえたのかと思うほど。

烏帽子岩のような大きな岩があります。



眺望がだんだんよくなっていきます。
風が気持ちいい!養老川も光っている。



頂上には、社があります。







南西側を見下ろすと、



中腹に鳥居と大きな岩があります。小御嶽でしょうか。
頂上からは行けそうになかったので(滑落しそうだし)、あきらめました。

登った道を下山し、塚の南側を歩いていたら、



これまた巨大な溶岩が。



西側の麓近くにあったお社です。里宮としておきましょう。



鳥居は各所に4基です。登山口、頂上、中腹、そして麓。

ちょっとフシギな富士山でした。でも、眺めは抜群です。
天候がよければ、姉ヶ崎越しには富士山が見えるはず。








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千葉県市原市は富士塚の宝庫です。
内房線や小湊鉄道の近くに、数多く点在しています。

上総村上駅からほど近い戸隠神社。(地名は総社)



鳥居の左奥にもうひとつの鳥居があり、
そこから急な山道に入ります。







すると、そのまま富士塚に連結して登拝できます。
そのアプローチがなんともニクイ!





実に奇妙な印象の塚です。理由は溶岩のつけ方。
鋭角な塊をわざと立たせてある。
これでもかと言うほどツンツンしている。
頂上は、まるでカラスが羽ばたいているかのよう。

この表現は、荒川から東に多く見られます。
(葛西とか浦安とか行徳とか船橋とか。。。)



山肌はコンクリで固められていますが、
中道もあり、



御胎内もしっかりつけられています。





境内からの登拝口はこんな感じ。



それにしても、古くていい神社でした。オススメ!



石段からは、遠く姉ケ崎の工場群が見えました。
富士山の方角です。











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今年はもろもろ忙しくて、富士塚を訪れてもアップできていないものが多いです。
時間は経っていますが、これからでも少しずつ!

夏に、中央区の4富士塚を訪れた日がありました。
と言っても、4つのうち現存するのは「鉄砲洲富士」だけで、他は跡地です。

【小網富士(跡)/茅場町富士(跡)/八丁堀富士(跡)/鉄砲洲富士】



マップ上に落とし込んでいるのは、以下の4富士。
(跡地は黒字、現存は赤字です)

1 小網富士(跡):中央区日本橋小網町4-9 明星稲荷神社
2 茅場町富士(跡):中央区日本橋茅場町1-6-16 山王日枝神社
3 八丁堀富士(跡):中央区八丁堀3 天祖神社
4 鉄砲洲富士:中央区湊1-6-7 鉄砲洲稲荷神社

では、ひとつずつ。

1【小網富士(跡)】
富士塚があったと思われる明星稲荷神社は、





昭和の匂いが濃い、喫茶店パピヨン横から参ります。



極小サイズの神社です。社殿は以前と向きが変わったようです。
数年前の小網町町会会館の建て直しの際に再建されたと思われます。
ここに富士塚があったとしたら、どんなだったのでしょうね。

2【茅場町富士(跡)】
茅場町富士は、かつて山王日枝神社にあったそうです。





「武江年表」(江戸名所図会を書いた斎藤月岑による)の文政年間記事に、
↓こんなくだりが出ています。

「深川永代寺、鉄砲洲稲荷内、茅場町薬師境内等に、石を積みて富士山を造る」



黄色く着色してみた3富士とは、
富岡八幡宮の別当、永代寺にあった深川八幡富士(現・富岡八幡宮境内浅間神社)、
鉄砲洲稲荷神社にある鉄砲洲富士、そして茅場町薬師境内の茅場町富士です。

江戸時代、山王日枝神社の境内には天満宮と薬師堂があり、
薬師堂のことを「茅場町薬師」と呼んでいたのです。
明治6年に薬師堂は境外地に遷されましたが、東側に智泉院として健在です。
(薬師如来像が拝めます)

ちなみに、東都名所図会にある記述は、
「浅間神社。本社の右側に在り、鳥居に三國第一座と題せる額面あり。
丘上に小祠を安置す。文政年間、岩石を堆積して築く所」

山王日枝神社の御由緒によると、相殿の中に「浅間大神」あり。
関東大震災の後、昭和3年に社殿が造営された際、本殿内に合祀されたそうです。
あ、今でも浅間祭(7月1日)が催されているとのこと!

3【八丁堀富士(跡)】
八丁堀富士は、天祖神社にあったと考えられます。





とても小さな神社でした。ちなみに、富士塚は昭和初期まであったそうです。

境内に塚の雰囲気はないですが、大量のボク石(溶岩)が配置されています。
(庭石に使用されたボク石とも考えにくい。どうでしょうか)







4【鉄砲洲富士】
鉄砲洲富士は現存しています。



いつ見てもホレボレです♪



残念ながら、今は7月1日のお山開きの時にしか登拝できませんが。









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コトバ第18号の特集は[富士山の力]



有坂 蓉子「富士塚の魅力とカラクリ」では
メタル富士にもふれています











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「メタル富士」は、現代のポータブル富士塚です。
過去、2007年、2008年、2009年と建ててきました。
横浜市緑区長津田の大山街道沿いの地区センター屋上に2回、
そしてNHK番組「熱中時間」のスタジオに1回です。

 

今回建てたのは、横浜市都筑区の大塚・歳勝土遺跡公園(弥生時代の遺跡)。
「都筑アートプロジェクト2014」の「NEW TOWN ISEKI HOUSE」
の参加です。
9月21日(日)〜10月19日(日)
横浜市営地下鉄センター北駅近くの大塚・歳勝土遺跡公園



この一帯は、ニュータウンとして宅地造成が多いですが、
環濠集落というムラを形成した遺跡もある珍しい場所でもあります。
丘陵の突端にある地形は、富士山の眺望が素晴らしかったポイント。

遺跡ハウスのポスターは、横浜市営地下鉄「センター北」駅から
横浜市立歴史博物館へ向かう道に貼られています。

 

メタル富士は富士山の方角に向かって建っています。
踏み台に登っただけで「メタル富士登頂」+「富士山に向かう」という仕組み。
また、メタル富士は想いを飛ばす「送信所」でもあり、ここでお参りします。



拝んだ後は、自分の分身となる赤いビー玉をチューブに投入します。
ビー玉は螺旋を描いて下山し、登拝記念としてお持ち帰りできます。

 

奥宮、烏帽子岩、小御嶽神社も設置されています。

 

夕方になると、日時計のようなメタル富士が長い影をつくります。



都筑区には3つの富士塚があり(山田富士・川和富士・池辺富士)、
第4の富士塚がこのメタル富士です。












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下赤塚富士のある浅間神社から、崖線に平行して、
東に向かうと、南側にも崖線が出てきます。



北側の崖線は、北にえぐれた崖ですが、
南側の崖線は、南にえぐれています。
つまり、ここだけ台地になっているわけです。

台地は、南北に幅200〜300mくらいあり、
徳丸7丁目がすっぽり入っています。

2本の崖線に挟まれ、台地の南端にあるのが北野神社です。
(3つ前の記事のカラーマップの真ん中あたり)





ここに「徳丸富士」があります。
夕暮れ迫る頃、微小な塚が印象的な姿を見せてくれました。



すでに暗くなり始めた神社境内。
頂上の石祠だけ西日を受けて光っていました。





唯一の碑、小御嶽石尊大権現が立派です。
塚もかつて大きかっただったろうと推測されます。



なぜか上部断面のみに赤く塗られた形跡あり。
厚塗りのベンガラかもしれない。





ちなみに、徳丸あたりはお宝地形。
起伏ありスリバチあり、階段マニアにもたまりませ〜ん。







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プロフィール
HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
…………………………………
富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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