▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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「東京ウォーカー 9月16日号」の特集は
【お手軽アウトドアのススメ。】です。



ということで富士塚もススメられています。
品川富士、千駄ヶ谷富士、目黒富士、駒込富士、大泉富士。

「どこでもドア」がキーワード!
監修+「ゆる散歩」掲載です。







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上赤塚富士(氷川神社)から崖線に沿って東に向かいました。



赤塚城跡のある台地(麓には板橋区立郷土資料館や板橋区立美術館あり)の手前、
奈落の底に落ちるかのような、樹木が繁る急な下り坂に吸い込まれます。



台地の端(崖下)には湧水があるものです。
板橋区立郷土資料館の横にも池がありますが、
南下したところにも「赤塚不動の滝」があります。
(東京大仏の近く)

滝は昔から水垢離の場でした。
赤塚不動の滝でも、富士山(や大山)へ出立する前には、
身を浄めたといいます。

富士塚の成り立ちは、(地域にも寄りますが)
武蔵野台地に関して言えば、共通の地形的条件があります。

●「高台であること」⇒「ミサキの突端」⇒「神の降臨地」

●「高台であること」⇒「南または南西向き」⇒「富士山がよく見える」⇒「富士山への信仰心」

●「高台であること」⇒「崖の下には湧水がある」⇒「水垢離に適している」⇒「山岳信仰に密着」

上の条件を満たしている富士塚は、この近くでは
「江古田富士」「白子富士」「大泉富士」などがあります。
(湧水と富士塚のカンケイは密ですよ)



国道17号線(新大宮バイパス)を横切り、首都高速5号池袋線の
すぐ南側の森(崖線にあたる)の中を登って、諏訪神社に到着。

田遊びで知られるこの神社の100m南に、浅間神社があります。



もと来た道を振り返ると、横断歩道の向こう側に諏訪神社の白い玉垣が見えました。



錆びた看板は、かろうじて「諏訪神社境内」と読めます。
飛び地なので、諏訪神社の境外社と言ってもいいでしょう。



この奥の、木がこんもりとしているところが富士塚です。

 逆光で印象的な姿の塚



富士塚はかなりのボリューム。盛り土で築かれた塚でなく、
周囲を削って造ったものと言われています。







現在木々が伸び放題で、登山道は鳥居からの一本しか
わかりませんが、中腹に積まれた溶岩から判断すると、
中道や他の登山道があったことも想像できます。

















鈴原神社(富士山の1合目)、御室浅間神社(2合目)、
御座石浅間神社(4合5勺)、角行や食行身禄碑、日乃御子なども。



特筆すべきは、頂上から富士山が見えること!
(すぐ西側のバイパスの外壁越しに)
この日はかすんで見えませんでしたが、いつかまた。







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上赤塚富士のある氷川神社へ向かうには、
東上線の成増駅から北上してもいいけれど、
都営三田線の西高島平駅から南下すると、
面白い地形を味わえます。

板橋区は、北側の「荒川低地」と南側の「武蔵野台地」が
顕著で、その境の崖線(がいせん)に特徴があります。



板橋区作成のマップには、
緑色の崖線上に神社や寺院が記されています。
やはり神社はミサキに多いです〜。
(氷川神社は、左端から2つ目の赤丸です)



Googleのサテライト画面は、実際歩いた部分をトリミング。
右上の西高島平駅から下の氷川神社(★印が富士塚)の間に、
影が濃く写っている崖線がわかりますね。

 まっすぐ行くと崖線です。

 崖線が続いてます。

 崖線を登る階段です。

 階段の途中から見た崖。

 見下ろした北側の町はこんな。



南側の台地に氷川神社があり、富士塚は二の鳥居近く。

 小振りな塚ですが、









立派な講碑、胎内(塞がれていますが)、
里宮、小御嶽神社、奥宮の祠も揃っています。

正面から登拝できそうですが、実は、ジグザグ道があり、
下練馬富士や江古田富士にも似ています。







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成子富士は、西新宿の成子天神社にあります。



近年、神社の改築/敷地内のマンション建設/震災を経て、
(一時は塚の取り壊しも危ぶまれましたが)
現在はこのとおり。



修復後の成子富士は、とにかくすっきり。登りやすい。

 丸藤講の水盤

 里宮

 コノハナ様 無傷でホッ

 講碑

 小御嶽神社

 烏帽子岩

 頂上付近

 奥宮

 頂上から見た登山道



最後にあるのは、昔の「岳人」に掲載されていたもの。
成子富士と高田宮元講、十七夜講、四谷丸参講、光山講の方たち
だそうです。








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JR東日本の会員誌「大人の休日倶楽部」2014年8月号は、
特集/山梨県 富士山。



「人生を彩り、旅情をそそる。
 まさに日本一の山!
 We Love FUJIYAMA 」



大山行男さんの写真からスタート。
富士塚と富士塚アートもふんだんに。

西新宿の「成子富士」は、3年前の震災で頂上のコノハナ様が落下しましたが、
七福神像も地上に配置され、塚はすっきりと整備されました。



登山道も明確になり、登りがいある素晴らしい塚へとバージョンアップ!
いつでも登れるようになりましたよ。








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7月5日と6日に、一般登拝が叶いましたのは、
豊島区高松の高松富士(長崎富士とも言います)。





4基ある国指定重要有形民俗文化財の富士塚のうち、今まで、

●高松富士:年間立ち入り禁止
●木曽呂富士:常時登拝可能
●江古田富士:年3回(正月3が日と7月1日と秋の例大祭の2日間)
●下谷坂本富士:年2日(6月30日と7月1日)

でしたので、今回の高松富士の公開は快挙です。だって、ほぼ半世紀ぶり!



塚の入口は公園の東側。フェンスの扉が開いています。





まず、浅間神社にお参り。月三講の額が掲げられていました。
講名は講祖である三平信忠の「三」を取ってつけられたそうです。

 

フェンスの中に入り、塚に一歩近づいただけで空気が一変しました。
久しぶりに感じた清涼感でした。

そしてすぐに目が合った。

 

烏天狗と

 

大天狗に。

小御嶽神社への案内人、大小天狗に「のちほど!」と声をかけていると、
子供たちがすばしっこく登山道を駆け上がって行きました。



烏天狗の横を通って、私も登拝することに。

 

 太郎坊です

 六合目の道標

 丸藤講の奉納碑

 割菱講より経ケ嶽

 奈加井とは中井?

 雲切不動

登山道は、平坦なところもあるけど



8合目あたりから急に傾斜をつけてあります。富士山特有のカーブを表すためでしょう。



日御子碑も見えます。



頂上でゲームに勤しむ、今どきの子ら。

 

祠の中には11代目の先達、本橋源蔵が納めた大日如来像が。
塚の前面を振り返ると、



登拝中の親子。このあたりは段差が大きいので、子供にはちょっとキツい。



でも、最後の数歩はこんな作りになっていて、安全です。



中腹で小御嶽をお参りする女性が見えました。
一旦下山し、



天狗のあたりから小御嶽道を行く。

 小御岳石尊大権現

さて、麓まで下山し前面を通ります。



高さ8m、径21mの高松富士は、月三講による築造(文久2年)と言われていますが、
これが文久2年と刻まれた講碑。

 まるで大きな海ほおずき!

そのまま塚の西側を歩いて北西部。



親子が「小さなおうち」と呼んで中を覗き込んでいたのは



御胎内です。一枚岩で覆われているので、乗っても安全でした。



大型塚で麓を一周できるのは、そうそうないです!素晴らしい。



中道もくっきり。その先には天狗の後ろ姿! 表に回ると、



「ふうん。大天狗と烏天狗は大正6年に奉納されたんだって」
「私たち、天狗ににらまれてない?」



社殿前で、お囃子が始まりました。

 何と、獅子舞!

 暑かったでしょう!

最後に猿像。

 

池袋富士の猿に似て、対に見えますが、
右は鳥居の近くにいた猿(元々塚にいた)で、
左は地元住民の家にあったものを奉納とのこと。

とにかく、初めての高松富士登拝ができ、富士講と保存会の皆様に感謝です。

塚の構造から、こだわりカーブのつけ方、ダイナミックな登山道、
たっぷりのボク石、おびただしい数の講碑と石像物、そして塚一周できる点、
などなど、すべてが素晴らしいものでした。

また、子供や若い方たちが楽しそうに登っていましたが、
ご年配方が、感激しながら登拝されていたのが印象的でした。

「むかーし、登ったことはあるよ。公園は神社の境内だったからねぇ」
「あたしは初めてよ。50年くらいここに住んでいるのに」
「ああ、あんたはお嫁に来たからね」



フェンス越しに「私も登りたいよう」と言っている方もいました。

★来年以降も登れることになっています。お楽しみに!
(7月第1土日です。7月1日が日曜の場合は、6月30日から解放とのこと)








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今年は桜の時期にいろいろ行きましたが、これは外せない。



木曽呂富士とセットでオススメなのは、
東沼(とうしょう)神社の「見沼(みぬま)富士」。
(3年前に修復されました)



木曽呂富士の前を流れる見沼代用水に沿って北上し、
川口自然公園をぐるりと回り込むと、東沼神社に到達します。



見事な円錐に盛り上がった見沼富士は、
桜の大木に囲まれています。頂上では桜吹雪に包まれ、
我を忘れてしまうほどの異空間であります!



石碑に刻まれる富士山マークは(よくある三峰型とは違い)、
山頂が「心」という文字からなる「心字富士」。丸岩講によるものです。



ひとりで訪れる人も多い。





どことなく、作りが昔の高田富士っぽい。。。気がします。



西側(条件がよければ富士山が眺められる)に下山すると、森の中。
アプローチがニクいです。












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少し前になりますが、桜がらみの富士塚です。



国に指定された、有形民俗文化財の富士塚(4基)のひとつ、
埼玉県の「木曽呂富士」です。



武蔵野線東浦和駅の南から、
見沼通船堀(みぬまつうせんぼり:江戸時代の運河)に沿って
東に向かうと、突き当たり前方に大振りの富士塚が見えて
来ます。(ここまでの道のりは桜並木にうっとりです)



埼玉県にはおびただしい数の富士塚がありますが、
木曽呂富士が最古です。





地形の段差を利用して、東側が中腹の高さ
(鳥居や里宮もそこにあり)で、



西側は低い位置まで裾野が広がります。
(東側6m、西側15m)



この富士塚の発案をした、蓮見先達の墓碑銘上には大日如来が
鎮座し、そこから塚を仰ぐと、頂上の桜の木に見下ろされます。



頂上はお鉢めぐりができるよう、火口が掘られており
(現在はなだらか)、
西を向くと見沼通船堀と、遠方に富士山が見えます。



かつて、富士山の影がこの地にまで移って(写って?)
この富士塚となすと言われたとか。



中腹と麓にふたつの胎内(ひとつは人穴?)があり、
昔はつながっていました。



中道めぐりもできます。



ヒミツの相談をしながら、
少年ふたりが肩を並べて中道を何度も歩いていました。
まるでお百度参りのように。何度も何度も。















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村山浅間神社の入り口には、「富士山」と深く刻まれた石碑があります。



そこを右に進むと、村山浅間神社と興法寺大日堂がありますが、
左側の車道をはさんだところに村山登山道の入口があります。





そう言えば、大日堂の中にも「村山道」の道しるべが立てかけられていました。



「中宮八幡堂」への順路図も。中宮八幡堂は「馬返し」でもあり、
女人禁制の時代は女性はここまでしか登れませんでした。(標高1260m)

参考程度ですが、イラストで村山登山道のルートを記してみました。
富士山本宮浅間大社、山宮浅間神社、村山浅間神社はこんな位置関係です。

田子の浦を起点として→鈴川の富士塚→旧吉原宿を通り、
村山浅間神社を経て富士山に向かう「村山登山道」の道のりは、ざっとこんな。



富士講の発生するずっと以前からあったこの道は、修験者のための道でした。
中世に描かれた富士参詣曼荼羅図にも、道者たちの登る様子がよく表されています。

関東の登山者が北口の山梨県側から入るのに対し、
表口の静岡県側には、西国からの人々が多く訪れました。

表口でも、かつて2つの神社(大宮と村山)の間で客の取り合いがありました。

畠堀さんの著書にも紹介されているように、2枚の登山図を比べてみると、
それぞれ太く強調した登山ルートが興味深いです。
以前もこのブログ内で出しましたが、もう一度。
(大宮ルートをピンク、村山ルートをグリーンに着色してみました)



さて、村山古道を歩こうという催しは近年続けられています。
何日かに分けて無理なく歩くので、参加しやすいかも。









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村山浅間神社にて。

土日や祝日には、地元ボランティアのガイドさんが案内してくれます。
これはラッキー! ガイドさんと一緒に興法寺大日堂に上がることができました。



大日堂には、いくつもの仏像が安置されています。



大日如来像、不動明王像、役行者像のほか、
前鬼もしくは後鬼(前鬼と後鬼は役行者に従った夫婦の鬼です)、
それに、猿らしき2体も!





神仏分離令の際、多くの仏像が破棄されたり富士山の火口に投げ込まれましたが、
(東京の富士塚でも、しばしば頭のない大日如来や猿像を見かけますね)

ここにある仏像は、修験者たちによって密かに富士山から降ろられたそうです。
受難を逃れた仏像たちは、「下山仏」と呼ばれています。

「高砂酒造にもかくまった仏像がありますよ」とガイドさん。
「えー!? 昨日高砂さんに行ったのにー。知りませんでした」

高砂酒造とは、富士山本宮浅間大社で見た奉納酒「高砂」の蔵元です。
予約をすれば、蔵の中の下山仏を拝観することができます

「中央の大日如来様は、とてもいいお顔をしていますよ。近寄って見てください」
と、ガイドさんが手前の台をずらしてくれました。



文明10年(1478年)の大日如来坐像は、気品ある表情もさることながら、
宝冠など細部が素晴らしく、蓮華坐も高くて立派でした。

その他、ガイドさんからはたーくさんの貴重な情報を頂戴しましたが、
ここでは割愛させていただきますね。

大日堂の隣には、水垢離場と護摩壇があります。







つづく。。。









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プロフィール
HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
…………………………………
富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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