▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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3月14日に催された【富士塚ナイト】のライブレポートがアップされましたので、

覗いてみて下さい。

errieさんありがと♪

その人にしかできない紹介のしかたや、コラボでこそ知る楽しみや発見は、いくらでもあります。信仰が造った富士塚ではありますが、ちゃんと本質が伝われば、いくらいじっても構わないと私は思います。むしろ、日常に豊かな側面を見つけることができるというもの。

だって人間は知識欲のかたまり。発見や実験、それにロマンが大好物なのですから。



↑富士塚ってナニ?と説明するより前に、いきなり馴染みの風景を使ってみたり、よくあるタイプはこんなですとイラスト出したり。まあこのへんはイントロ。(富士塚のことはこのブログでいくらでも紹介していますから)富士塚100景もスルーしましょう。



↑大山さんがプレゼンしたのは、路上見立て富士。これが結構ハマる。富士塚病を発症した彼の見立てはハンパじゃない(笑)。会場の盛り上がりを見て、潜伏期の方々の多さを認識した次第です。

さて、なぜガンダムが出ているかというとこれを作った会社によります。(あとでね)



↑イベントでは、ざっくりと有坂レポ/大山レポに分かれていたのですが、ふたりの共通した1点がコレ。左は私紹介の「俳優出世富士登山すごろく」、右は大山さん紹介の「富士縦覧場」で、双方とも「明治20年、浅草に造られたハリボテ富士」の木版画です。

もちろん浅草の人工富士山は富士塚ではないのですが、富士塚が流行した背景には、人間のこうしたミニチュア好き(まして体現可能ならなおよし)があってこそ、というお話です。

以下、イベントの補足として。
(大山さんからもらった資料プラス私の調べモロモロ)



↑上が浅草のハリボテ富士の広告。
下は明治20年(1887)11月6日付の読売新聞の記事です。
発案したのは香具師(やし)、請け負ったのは人形師ですが、信仰のなかった庶民でも心踊らせたのは明らか。



↑ハリボテ富士はなにも東京だけではありませんでした。大阪にも出現した人工富士山「浪速富士」は、左が実物の写真で右が当時のチラシです。浅草ハリボテ富士と同年、明治20年に大阪の生国魂(いくたま)神社にできたんです。こちらもつくったのは香具師でした。

浅草の富士山の構造が、丸太組みにムシロを掛けそれに石灰を塗った(人が歩く通路のみ板張り)という、チャチなものだったから、おそらく大阪もそんなものでしょう(にしては、浅草のは2年もったのは驚き!私の初代メタル富士は3週間目にサビてましたもん。2代目は大丈夫ですが♪)



↑そして、なんと京都にそびえた人工富士山は大正15年築。
「優良国産博覧会」と文字の入った絵葉書です。富士山の中腹に人の乗ったゴンドラが見えますね。

ちなみに(時代は遡りますが)明治27年には、広島にも人工富士山が建てられたそうです!人が登るものではなく、布を縫い合わせた観賞用とのこと。香具師が作った見世物富士でなく、装飾屋が手がけた最初のものらしいです。

おお。やっとここまで来た。香具師でなく装飾屋のハナシ。
香具師が、興行用に丸太を組んで作るのはイメージしやすい。舞台だって見世物小屋だってあるでしょう。でも宣伝業/装飾業が、この分野に参入したというのが、先のガンダムにつながるのです。今日のタイトル内の「ランカイ屋」とは、博覧会の建造物等で活躍した装飾業界の企業の通称です。

イベント用に、大正12年、装飾業界の広目屋が品川に日本アルプスを作り、昭和5年には乃村工藝社が両国国技館に「人工富士山を作り、観客を登頂させた」そうです。

この、乃村工藝社の歴史がお台場ガンダムの礎ではなかったか、裏返せば、お台場ガンダムは現代の富士塚とも言えなくもないわけで。。。と理屈をこねなくても、その面白さは時代や信仰心に関係なく、普遍的なもの。

私はそれを強調したい。だって、富士塚を造ったのは信仰ある人達だったけど、楽しんだ庶民の中には幼い子供もいれば、観光客もいた。「信仰心の底力」に「遊興欲」がプラスされていたと思うのです。

もひとつ。富士塚は昭和10年くらいまで造り続けられていました。それを考えると、近代になって富士塚を造った講の人が、浅草のハリボテ富士や、国技館の人工富士山を登っていた可能性は充分あります。もし、築造にあたり、何らかのヒントをもらっていたとしたら???

ちょっと楽しい推理ですね♪

つづく。。。

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プロフィール
HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
…………………………………
富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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