▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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さて、昨年秋に訪れた足利市の富士塚も最後となりました。
もう一度、今回訪れた足利市の富士塚マップです。



樺崎町馬坂の浅間神社から、国道293号を戻りました。
途中、菊屋本店で門前そばを食し(足利はお蕎麦も名物です♪)、



地元で「大日様」と呼ばれる鑁阿寺(ばんなじ)に寄ったり。





境内内の出世稲荷にお参りしたり。



足利学校には泣く泣く寄らずに。。。
市立美術館の横を走り、中橋(116号線の通る)を渡り、
最後にどうしても行きたかった「女浅間」へと急ぎました。

地図と上空写真をセットでアップします。



ピンクの☆マークをつけたところが「女浅間」です。
東武伊勢崎線を挟んで南側にあるのが「男浅間」です。
関東でも有名なこの足利浅間山は、
上浅間として男浅間、下浅間として女浅間。両方合わせて足利富士です。
こちらも他同様に、自然地形の富士塚と言えるでしょう。

かつて「初山祭り」で訪れた男浅間のことは、
こちら や、
こちら や、
こちら に書きましたが、

それらの記事にあるとおり、その時は男浅間しか行けなかったので、
(時間があればのオプションとしてだけど)今回楽しみにしていました。

東武伊勢崎線沿いに自転車を走らせて、渡良瀬橋の交差点に到着。



正面の山が女浅間山です。サインにバッチリと「初山ペタンコ祭」とある!
車道を横断しながら撮った写真は、



渡良瀬川にかかる渡良瀬橋です。左側の橋のたもとに近づくと、



車道の横には、人が歩いて渡れる橋が隣接されていました。
向こう岸、山の中腹に見えるのは赤い社殿の「織姫神社」です。

来た道を振り返ると、



右手が女浅間山。
向こう側に線路があり、その先にそびえるのが男浅間です。
そして、正面を向くと、



浅間神社(女浅間)の登山口となります。では、登山開始。



すぐ目に入る「ペタンコ祭」のサインです。

つづく。。。







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SBS (静岡放送) の「イブニングeye」では、富士山の文化遺産登録に向け、
昨年から月1回のペースで富士山にさまざまな角度から迫っています。

1月25日に放映されたのは、富士塚紹介でした。
コマ割りでアップしてみました。左上から右方向に移動し〼。



私が撮った開山式の画像(昨年の千駄ヶ谷富士)も出ました〜♪
静岡の方たちには新鮮だったかもしれませんね〜。






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ひと月以上空いてしまったけど、足利の富士山信仰の続きです。
マップをもう一度アップ。



樺崎(かばさき)町の堤谷(つつみやつ)仙元宮から、
再び国道293号(黄色い車道)に乗り、時計回りに大きく
ママチャリをギコギコこぎました。

右手に樺崎工業団地、左手に樺崎八幡宮の入り口を見ながら
風を切るも、馬坂に入る頃から上り坂がキツ〜〜い!
まわりの風景を撮るヨユウもなし。汗だくでした。

越床トンネル近くにある浅間神社を目指しました。
樺崎町馬坂。(越床峠を越えると佐野市です)



トンネルから200m手前地点。車道の向こうは、



ダンプが出入りしています。
なんとハイキングコースの道も兼ねて! 仰天です。



上空からの画像でおわかりかと思いますが、
浅間神社の向かいに足利鉱山の敷地が広がっています。
ダンプは、石の採掘場から出て来たのでした。



歩道から数段上がると、鳥居と拝殿があります。水盤も。
これ以上後ろに下がれません。鳥居の内側から外を見ると、



こんなですもん。
神様はこの光景をどう思って眺めておられるのかな。





荒れて朽ち果ててはいますが、かなり立派。
右奥には、後ろに控えた山に続く道と小さな社が見える。
山の麓に浅間神社があるということは、山を富士山として
祀ってあるということでしょう。つまり天然の富士塚ですね。

よほど登拝をさせていただこうかと思いましたが、
(293号を走る大量の車と、採掘場を出入りする大型車の)
騒音が凄まじく、私は神様に向き合う気持ちにフォーカスできず、
「またいつか来させていただきます」
と挨拶し、今回は断念しました。

入り口近くにあった講碑は大きく、



富士登山三十三度……
(扶桑教とあるので、明治以降の新しいものでしょう)

この後、293号をまた走り、足利市街に入りました。
つづく。。。





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私が生まれて育ったところ、
練馬区にて楽しい勉強会に参加させていただきました。
あ、講師としてですが。

近年、練馬区では練馬区観光協会による「ねりまのねり歩き
という練馬区民のためのイベントがあります。

ボランティアガイドによる町歩き案内ではありますが、
ガイドの方たちは皆博学で、養成講座を経た猛者揃い!
時折催される勉強会にも参加される、頼れる人材であります。

今回、そんな方達のために富士塚講座が開催され、
私めが富士塚について一席語らせていただいた次第です。

とはいえ、最終目的は区民の方を楽しくご案内するわけですから、
私がお話する内容は、「富士塚がいかに面白いものか」
に絞り込みました。



参加者は約30名。



1時間半のレクチャーは、とことんマイペースで
富士山信仰の概要、富士講のこと、富士塚の構造、



江古田富士と大泉富士の逸話あれこれ+ヒミツなどなど♪♪♪
特に富士塚まわりの地形(水垢離に関わる水源&川)を
お話しました。



ローカルな話題でもご理解いただけることに
私の熱も上がるばかり。私にしかできない話もあり〼た。

ちなみに、「富士塚マニア」を英語で言うと
「Fujizzz Fanatic」でしょうかね〜。



質問を受けて喜ぶ私。
富士塚にかなり詳しい方とのやりとりにニンマリ♪
メチャ楽しかったです! ありがとうございました!

私がお伝えしたかったこと。
それは、富士塚の面白さは3つあるということ。

1: 造形的な面白さ。
  ミニチュア富士として。登山できるしくみ。
  アイコンとしてのトリック。ボク石を「踏む」意味。

2: 聖地としての面白さ。
  遥拝する場所&祈念を飛ばす送信装置。
  富士山の神を降ろしたありがたい場所。

3: 学べる面白さ。
  史跡として。地形を知る。地域の歴史。
  先人とのコミュニケーションが生まれる。

そんなところが伝われば嬉しいと思っています。

ちなみにレクチャーの場所は高層階。



ひとつ上の展望台では、夕陽が綺麗に見えました。
(分厚い雲のため、富士山は姿を見せませんでしたが)





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世界文化遺産登録が注目される富士山を、改めて見つめてみようと、
朝日新聞の静岡総局と甲府総局の合同企画で、
新年特集「まるっと富士山」が、元旦から約10日間にわたり
静岡/山梨のそれぞれの紙面に掲載されていました。

「一合目」から「山頂」まで毎日テーマが変わり、
自然に迫るのはもちろん、産業や地域の人々を浮き彫りにしたり、
信仰やパワースポットの紹介もされ、面白かったです。

連動したり、地域性を反映した微妙な違いが面白かったり、
取材の苦労も感じました。

私は「九合目」で、富士塚紹介をしています。テーマは信仰と聖地♪
静岡版:1月11日付「人をひきつける力」
山梨版:1月10日付「信じる心 昔も今も」

↓静岡版の紙面です



↓ウエブではカラーでご覧になれます



同じテーマでも、もちろん山梨版は違います。
九合目は同じ記事内容(掲載写真は違います)ですが、
他はそれぞれ違う展開になっていて、とても読み応えあります。

新聞の紙面は全部アップできないので、
サイトをそれぞれご覧ください。「まるっと富士山」をまるっとね♪

静岡版
山梨版







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足利の富士山信仰レポのつづき(まだ終わってない!)に
戻る前に、正月ネタをもうひとつだけ。

練馬区では大泉富士にも登って来ましたが、
やっぱりまた発見してしまいました〜。
私が一番多く登っている富士塚なのに……お宝多すぎ!

気を取り直して。。。(有り難いことですから)



亀磐の近くにあった「龍石」です。

たぶん富士山の名所岩だと思いますが、とにかく珍しい。
過去に一度だけ、龍石に出くわしたことがありますが。



埼玉県和光市の浅久保富士にあった龍石です。

↑その時の記事にも書きましたが、漢字表記は少し違います。
大泉富士のは「龍」だけど、浅久保のほうは偏が帝。

大泉富士も浅久保富士も、同じ丸吉講だし、互いに
交流はあったのだけれど、今のところこの2富士以外で
龍石に出会ったことはない。なぜだろう。。。。。。

ま、とにかく、大泉の龍石を見てみましょう。

まず上部。原新田というのは古い地名です。
和光市の新倉地区にあった村の名で、今では本町あたり。
(和光市駅から西南方向にほど近い一帯)

今でもバス停名や屋号などに残っています。
ちなみに、浅久保はそのすぐ東隣にある。ふむふむ。

では、左右下側にある人名は?

上原鉄五郎さんは、旧・新座郡上新倉村の人で、
「明治初年に富士講碑に名を刻んだ」との記録あり。
(埼玉苗字辞典より)

鈴木彦右エ(衛)門さんも、旧・新座郡上新倉村の人で、
文政7年生まれというのもわかりました。
そして「明治3年に白子村の富士講碑に名を刻んだ」と。
(同上・埼玉苗字辞典より)

ふたりとも原新田の住人で、ほぼ間違いなく富士講ですね。

大泉富士のあるあたりは、かつては橋戸村だったから、
鈴木さんの「明治3年に白子村の富士講碑……」とは、
別の富士塚のこと(たぶん白子富士以外?)でしょうが、

上原さんの「明治初年に富士講碑……」には、村名の記述
がない。もしかしたら、この碑のことかも???

ところで、大泉富士の築造年は、明治7年(1874)という
のが通説ですが、それは、碑に刻まれた中で一番多い年号
が明治7年だったから、という理由です。

実は、数の碑の中には、
慶応4年(1868)もあれば、嘉永7年(1854)もあり、
文政5年(1822)なんてのもある!

最古の文政5年の碑が「富士仙元大神・木花開耶姫命」です。

やっぱり江戸期には大泉富士があった(少なくとも原型は
存在した)と考えるのが自然なようです!これはすごい!

ついでに、浅久保富士の龍石の文字も調べてみました。

右側にある文字は「小山岳みち」。
左には、丸吉講……と思ったが山吉講!の紋。え?
(丸吉講と山吉講は、紋は似てるが違う講)

その下が「○に清」の紋。これは……???
「清」がつく講紋は、品川にあったふたつの講だけど、
○の中に清はない。う〜〜〜〜ん。。。

それと、「○に清」の下に続く文字が「ふか川」です。
これにもええっ???ときました。深川って。。。

でも、他の講碑も調べてみたら、この講は、
かなり広範囲の交流があったことがわかりました。

近隣の講はもちろん、先の山吉講からは、番場、渋谷、
本ん所、西久保、堅川、市兵衛町、扇ばし、沼部、すな村、
奥澤、木場、目黒、年番、三軒茶屋、深川、神田の地名が
残っています。
山真講の名前もあります。(渋谷の講)

すごいぞ、丸吉講!
きっと羽振りのいい講だったんでしょう。

ちなみに、先の鈴木彦右エ(衛)門さんの名が刻まれたものも
ありました。

あ、しまった!私が知りたかったのは、
「龍石」が富士山のどこにあるかってことでした!

う〜〜〜ん。






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お正月に、江古田茅原浅間神社にお参りに行きました。
江古田富士のある、私の産土神です♪

もちろん富士塚登拝もさせていただきましたが、
とってもステキなお守りが頒布されていたので、アップします。

霊峰「富士」クリスタル御守



ピラミッド型のクリスタルの中に、
富士山の姿と神社名(練馬・江古田浅間神社)が、
上部には「願」の文字が刻まれています。(レーザー加工)

横から見ると、



こんな感じ。
四角錐なのは、富士山の御姿を「四方から拝せるように」とのことです。

今年の正月限定で100体のみでした。
火をあらわす橙色の紐と、水をあらわす水色の紐の
2バージョンありました。

これはいい!
コノハナ様は火にご縁があるけれど、水の神とされますからね。

このお守り、とてもパワフルに感じます。
今年の自分のキーワード「輝く方を見る」にふさわしい、
素晴らしいお守りに出会え、とても幸運でした!



さて、守られることに甘んじず、しっかり仕事をしたいです。







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また時間が遡ります。
実は、大晦日の1週間前にも砂町富士を訪れていました。



元旦から富士山の連載がスタートした朝日新聞(静岡版&山梨版)の取材で
ここに来ていたのですが、いつものことながら取材そっちのけで
つい新しい発見はないかと物色してしまいます(笑)。

富士塚の頂上には、「浅間嶽大日如来」の碑があるのですが、



以前から私はこの「大日如来」の文字が気になっていました。
この名があることからも、この富士塚は相当古いのですが、
この日、中道にてこの仏像を発見しました。(今頃ですけど!)



破損した部分がセメントで修復されていますが、



長い耳たぶや装束からも、大日如来像に違いありません。
現場でお会いしたY講元に聞いてみました。

「ようやく大日如来像に出会えましたよ♪」
「ふっふっふ。前からありますよ〜〜〜」

私がここに来たのはおそらく10数回は下らないでしょう。
さすがに普段からちゃんと見ておけとも思いますが、
それでも、こういうものが目に入るかどうかは御縁次第。
出会えるのはありがたいことです。

それからこれ。



中央に「氏子中」の文字が目立つこの石碑。

「砂町富士にはホンモノの富士山の土が混ざっている!」と、
東京人10月号の中でも書かせていただきましたが、
この碑を画像で記録したのは、実はこの日が初めてでした。



右側に、
「御尊山土持 土方
 世話人 植草喜左衛門 矢沢捨次郎 畑 長吉」とあり、
「御尊山」つまり富士山の土を「土持」つまりその土を運んで来た
という記録なのであります。

「土方」の文字も見えますね。名前の明記はないけど
土方をしていた誰かということでしょう。3名の世話人のもとに。



左側には、
「御山造 植木屋竹次郎」とあり、
届いた土を盛って山を造ったのは、植木屋竹次郎さん。

これらの文字を読んで、かなり興奮気味の私でした。
記者さんも驚いていた様子。



暖かい日差しが冬であることを忘れさせるほどでした。

さて、3つめの発見は富士塚から少し離れた場所にありました。



最近、御水講の方たちがとても大切にしている「元八まん道」の標。
亀戸浅間神社にあった道標を思い出させます

で、その右側に鎮座するお不動さん。



その手前の水盤を見て驚きました。
奉献の文字に挟まれたのは、まぎれもない富士山マーク。

「Yさん、これは御水講のですよね?」
「そうですよ〜〜〜。古いですよ〜〜〜」

参りました!!







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年が明ける少し前に、南砂の元八幡に滑り込みました。



「山吉丸す御水講」の提灯も煌々としています。
知った顔を探しているうちに、あっと言う間に氏子の方達が
本殿に集まりました。



宮司によるお祓いが始まりました。私も一緒になって頭を下げます。



雲間から出てきた月が気になったので、抜け出して横から撮ってみた。
右上、泳ぐように写り込んだ2012年最後の月光。



立派な神輿も一般公開。デカイです。
すでに氏子さんたちの気合いが込められている!
なぜなら今年は大祭(本祭)があるそうな。
区長も駆けつけ、檄を飛ばしていました。



火の粉にフォーカスしてしまったけど、いい光景です。冬の。



撥が早くて写らない。



友人も駆けつけ、富士講の方たちと飲んだのは、日本酒とコレ。
「富士山五合目奥庭みやげ『富士のこけもも』」のお酒です。
不老長寿ですって? 嬉しい!(やっぱり長生きしたいもの)
美味しかったです。ありがとうございました。

ちなみに私は「コケモモ」という名の響きが好き。
子供の時、ムーミンの本を読んで憧れたもんです(笑)。



奥の浅間神社も見に行きました。
夏みかん(?)がたわわに光っていて驚きました。

この光と影。色彩と闇。次元の階層。非日常な。。。

子供が立ちつくす。誰かを待っている。
去年(数分前)の自分の後ろ姿?いや、先を行く自分か。



灯籠にも明かりがついて、お宮が照らされています。
まっさらな紙垂が眩しい。



「富士塚もライトアップしたらー?」なんて言いながら、
イチョウの落ち葉を踏みしめて登拝しました。
(よい子はマネしないようにね)



参拝者はどんどん来ています。列もできました。



暖かい年明けでした。






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明けましておめでとうございます!



品川富士の頂上から、2013年の初日の出を拝みました。

昨年はいろいろとありがとうございました。
新しい年が平和で、そしてこの生まれたての日の光のように、
力強く輝きますことを心から願います。



今年もどうぞよろしくお願いいたします。


(追記 1/7)

日の出時刻ギリギリに到着したら、
富士塚の頂上は、鈴なりの人でした。(こぼれそうなほど)



↑斜面(登山道)だけでもこのくらい。頂上はすごかった〜。

↓日が高くなっても、半数の人たちが名残惜しそうにシャッターを切る。



品川神社に初詣をし、石段の上でふと西の空を振り返ったら、



消えてゆく月が印象的。
朝日は参拝者の顔を赤く照らし始めました。








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プロフィール
HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
…………………………………
富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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