▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
【予告と告知】
まず予告です。 「富士塚ナイト」というイベントをやります。詳細は近日中にまた。 追記(2/11) お台場はZEPP TOKYO の2F、「東京カルチャーカルチャー」 【富士塚ナイト】 そして告知です。 上のイベントに先立ち、ツアーです。 大山顕さんのサイト、「住宅都市整理公団別棟」から拝借しましたが、アポロチョコは思いつなかったな〜。cuteでいいですね♪ 詳細は↓ …………………………………………………………………………… 有坂蓉子×大山顕 プレゼンツ バレンタインデー×旧正月×新月の 【2010年 新春富士塚ツアー】 …………………………………………………………………………… ★4つの富士塚をまわります。雨天決行。 1『鉄砲洲富士』……鉄砲洲稲荷神社/中央区湊1-6-7 2『品川富士』………品川神社/品川区北品川3-7-15 3『音羽富士』………護国寺/文京区大塚5-40-1 4『西大久保富士』…稲荷鬼王神社/新宿区歌舞伎町2-17-5 ★集合日時:2月14日(日)13:00 ★集合場所:1の富士塚所在地、鉄砲洲稲荷神社 (最寄り駅は地下鉄日比谷線/JR京葉線の八丁堀。徒歩8分) の境内、手水舎付近に。 (遅れた場合は社殿右奥の富士塚にGO! 登拝集団につくべし) ★すべて電車と徒歩で参ります。4の歌舞伎町には夕暮れに なる予定ですが、夜ならではの富士塚も貴重です♪ 現地解散。 ★必需品:あたたかい服装。すべりにくい靴底。そして好奇心。 推奨携行品:軍手(手袋OK)。懐中電灯。カメラ。ペン。 ★1か月後のイベント、お台場「東京カルチャーカルチャー」の 【富士塚ナイト】のプレツアーのため、会費無料です♪ …………………………………………………………………………… 富士塚マニアにはお馴染みなところばかりですが、 イベント1か月前のウォーミングアップとして行います。 この日は、新しいことを始めるのに最適な【新月】かつ旧暦の正月。 つまり、富士塚でやる初富士/初登山というわけで。 ついでにバレンタイズデイです。 コノハナ様は「良縁の神」とも言われることがあるのを御存知ですか? ある学者サンによれば、中世には「恋愛の神」だったとのこと。 参加ご希望の方は、右下のアドレスにメールを。(人数調整のため)
狩野元信の作と言われている「富士参詣曼荼羅図」は、有名な逸品です。
教科書にも出ていたかもしれない。 帰国し間もない頃。富士塚が気になったことから曼荼羅図の実物を見たいと思い、1998年春、これを所蔵する静岡県富士宮市の富士山本宮浅間大社へ向かいました。 「あのう、『富士参詣曼荼羅図』についてお伺いしたいのですが」 「公開はしていないですね。それに現在はここにはありません」 「といいますと?」 「富士山に関する展覧会のために、名古屋に貸し出しております」 よく意味がわからなかったけれど、ひとつピンときたことがありました。 帰宅後、私は母に連絡しました。 「今、○○ちゃん(歳の離れた私の従兄弟)は名古屋にいるんでしょ?もしかしたら、富士山の展覧会に関わっているかもしれないよ」 間もなくして、その従兄弟から母宛てに、フライヤーと東京展の招待券が届きました。 「今度こんな展覧会をやります。富士山好きな叔母さんに観ていただきたくて」 「知っていたわよ〜♪」 母の言葉に従兄弟はびっくりしたそうです。 「なんで知っているんですかー? まだ公表していないのに」 「ふふふ♪」 表 裏 偶然知ったとはいえ、面白い展開でした。 これが、送られて来たフライヤー。まだ巡回先の東京展のフライヤーが仕上がっていなかったので、名古屋展のものです。「富士参詣曼荼羅図」を背後に「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織」が中央に配された、目を引くデザインです。 私は、秀吉所用とされる「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織」が大好き。このハデさ。この御神火のシェイプ。かなわないセンスです。そして、NY時代、本で見て興奮した「木花開耶姫像」がやって来る!ワクワク♪ また、同封されていた展示リストを見て、その多さに驚きました。あんなものやこんなものが一堂に!!! 東京展の開催場所は、当時池袋東武デパートにあった、東武美術館でした。何度か通いましたが、いつも大盛況の大入りでありました。会期は1998年12月5日〜1999年1月17日。 もちろん、富士塚の展示はなかったものの、富士講の遺物は数多く、図録にも富士塚に言及された解説がありました。 「木花開耶姫像」は、富士吉田の歴史民俗博物館ではまじかに見られますが、この時はかなり遠くに展示されており、コノハナさまのお顔を見るべく双眼鏡持参の人もいました。 それを思うと、先日放映された「美の壺」富士山特集でここまで寄れたのは快挙でした。このアングルではまず紹介されませんから。 ところで、その従兄弟の母親つまり私の伯母が、先日逝去しました。入院先の病室で、私が出るので楽しみにしていたという美の壺の放映に間に合ったとのこと、有り難いと思いました。 伯母さん、生前はお世話になりました。血縁という御縁に感謝いたします。身軽になった今、富士山の上空をひらりと飛んでいるのでしょうね。見晴らしはいかがですか? 合掌
「ひと月に2度、満月がめぐってくることがあって、2度目の満月をブルームーンと言うんだよ」
昔、NYに住んでいた頃、友人に教えられました。 彼は、白人ながら毎日お経をあげるブディスト。穏やかな性格なのにパンクロックのギタリストでした。今でも、ブルームーンの夜には彼のことが頭をよぎります。 今夜の月は、大きな笠をかぶっていましたね。とても幻想的でした♪ いつも満月の日には、普段なかなか捨てられないものを捨てようと決めているけど、今夜はさほど気にしない。2度目の満月ですし。 でも、捨てることを前提に、過去のものに目を通してみました。昔のことを振り返ってみたくなったのは、おそらく、数日前に他界したJ.D.サリンジャーのことを考えていたからでしょう。 昔のスケッチブックには、サリンジャーの本の中の、私のお気に入りのコトバ、 Meet you at the next corner! をタイトルにした作品のメモがたくさん描かれていました。 上の英文は、ナゾナゾの答えです。 「壁がとなりの壁に何て言ったか」 に対するのが 「角のところで会いましょう!」 というわけです。 どの小説だったか、ちょっと思い出せないけど。(ナインストーリーズの中のどれかかな?) たわいない答えだけど、私はこれが好きでした。次元を超えた感覚(トポロジー的?)というか、哲学的というか。壁はとなりの壁と接しているのに、個々に壁として成り立っている。お互いの壁の関係性は共存か対立か。壁に意志があるとしたら、双方は立場を入れ替わろうとするか。もしかしたら、夜中にこっそり変形しているかもしれない。なんてね。 そんな、若き日のいろんなスケッチは(面白すぎて)人には見せられない(笑)。 でも、中には今の自分につながるものがあったので、ちょっとだけアップしちゃいます。 少し前の日記に 富士塚みたいなものを描いてた!と書きましたが、ちょうどそれらのメモにあたるものです。 心象風景のような、にじみ出てくるイメージ群。 こんなのや、 こんなのの中に、 この右上に、小山(または巨岩)が出現しました。 下のオレンジ色のものもそうです。そして、それをもとに描いたのが、以前の日記(画像の中には一番左端)にも出てくる これ。(油彩と金箔) もちろんこれも富士塚を知らない頃の作品だけど、展覧会でこれを見た人から「あなたは自己完結しているね」と言われました。 その意味を、私はあまりいいようには受けとめなかったけれど、その人はその解説をしないまま、私にどこかの遺跡について話し始めました。 不思議な感覚でした。初めて会った人が何か暗示するかのように言った言葉の端々に、私は特別なものを感じていました。 その連作(発表していないけれど)には こんなものもありました。(油彩と蜜鑞) やはり、築山や岩のイメージ。そして宇宙のイメージもありました。 スケッチブックに戻ります。 別のページにあったのが、 こんなスケッチに これ!さすがにこれには驚きました。まるで、 10数年後、富士山をモチーフに創った、VOLCANDLEの構想そのものではないかと! 昔の自分て何だろう。そう思わざるをえませんでした。未熟とか若いとかは関係ないのかもしれません。魂はすでに知っている。「未来の記憶」を覚えている。表現者はただ、それに気づき、ひとつひとつたぐり寄せる作業をすればいいのだ。 そんな風に思う、ブルームーンの夜でした。 捨てることは手放すことではなく、発見することかもしれませんね。
富士塚からはなれますが、神社の近くで出会った品々をご紹介♪
昨年末のことです。 仏具や神具を中心に、あらゆる雑貨を取り扱う小さなお店の店先で遭遇しました。 新年を迎えるにあたり、この近辺では、家中の神々にお供えをしたりするそうです。そのために使われるいくつかの神具が鮮やかで、目が釘づけになりました。 いろんな動物の絵馬。ふにゃふにゃした面白い絵柄がなんとも魅力です。 このように、それぞれの神様に合わせていろんな絵馬が揃っていました。おぼすな様は産土様のことね。 こちらは何にでも使える「拝み女」絵馬ほか。 館林市の富士嶽神社の絵馬堂にある、この絵馬を思い出しました。 松飾りの横には、経木で作られたお供えの器。 サンダラボッチが由来のサンダラ。い草を編んだものです。丸い部分を土台にして、中央に何かを立てるという。「何か」は、お店の人とお客さんから説明を受けたけど、ちょっとわかりませんでした。御幣のようなものと解釈しましたが。。。 とにかく、これらを大晦日までにお供えするそうで、皆さんせわしそうでした。 それにしても、土地特有のしきたりには、しばしばユニークなビジュアルが顔を出します。これらを見ていたら、私が住んでいたNYのブルックリンを思い出しました。スペイン語が飛び交うよろずやには、カトリックの品々があふれていたっけ。安価でかわいいキャンドルや、マリア像をプリントしたものたちは、私もほしくなったくらい。また、ブードゥー屋さんにはもっとすごいものも(笑)。 雑貨あつかいに見えるけど、信仰の、小さなカタチはキッチュでカラフル。国が違っても共通するパワーがあるもんです。 私は、キッチンの火まわりに、トリの絵馬を小さな注連縄と一緒に掲げました。 経木の器は、美しすぎて使えず。お餅と酢の物をお供えするためのものです。
千葉県市原市五井の若宮八幡神社にある「北五井富士」。
去年5月まで、五井富士と呼んでいた富士塚です。 でも、五井には他にも複数の富士塚があるので、とりあえず「北五井富士」と呼ぶことにしました。 さらに本日、友人からもうひとつの富士塚情報を得て、東五井富士もあることがわかりました♪(それはまたの機会に) さて、北五井富士にある、ひとつのナゾがようやく解明しました。 (といっても、私が知らなかっただけでしょうが) ピンクの印のところに「主杖流」という石碑があります。 お中道のところにあるので、富士山にもそのあたりだろうと思っていましたが、これがいくら調べてもわからなかった〜。一昨年、さる研究者に尋ねても御存知なかった。 まあ、北五井富士は「ご近所富士の『謎』」に紹介しなかったし、主杖流は今のところ北五井富士にしか確認していないからと、そのまま保留にしておりました。 ところが、「富士信仰研究」の第二号をパラパラ読んでいたら、オオッというくだりがあったのです。 竹谷氏がフレデリック・スタールの著書「富士山」(1924)を引用した文中に、「抂(手ヘンに主)杖流し」が出ていたのでした。 美術家にとってスタールといえば、ド・スタールですが(笑)、富士山ではフレデリック・スタール。この米国人が、「富士山」(原題はFUJIYAMA The Sacred Mountain of Japan)の中で、富士登山した体験を記しています。 中道付近の様子には 「表面は滑らかでその幅はそれほど大きくないが、不定形に上下する。これを抂(手ヘンに主)杖流し(手杖流し)というが、それはここで杖をひとたび見失うと、果てしなく滑り落ちるので、再び手にする望みが絶たれることを意味する」 へ〜。知らなかったけど、そんなところのことだったか! 【しゅじょうながし】という言葉について、竹谷氏も解説する。 「吉田付近の手杖流しは現在の不浄流しのことであろう。スタールの中道巡りでは再度手杖流しが出てくる。当時手杖流しは固有名詞ではなかったようで、赤沢に続いて現れる手杖流しは現在の執杖流し(手条流し)のことであろう」 え〜。「主杖流し」「抂(手ヘンに主)杖流し」「不浄流し」「執杖流し」「手条流し」だって! 漢字はよく変わるとはいえ、こんなにイロイロあるなんて! 国土交通省の富士砂防事務所のURLにはこう。 「富士山 『お中道』を横切る沢名の変遷」です。 その中には、上記以外に「修杖流し」まである。これで6コだ! 富士山には、『八百八沢』といわれるほど多くの沢があるわけです。 登山にくわしくないと、わかんないわけだな、と思いました。 では、現代の地図ではどんなか。 富士登山の本は買ったことないのですが、16回の登山経験を持つ私の母からもらった「富士登山ハンドブック」の初版(1987)が家にあったので、見たところ、「執杖流し」とそのルート(剣ガ峰の下に出る登山ルートにもなってる!!!)がちゃんと出てました。 それにしても、杖を手放すとタイヘンなことになるという、その沢。どんなんかな〜と思ってググッてみたところ、こちらのサイトに画像がありました。ご覧あれ。(このルート、登ってみたい!) 確かに、この冷え固まった溶岩流。落とした杖はツルツルと滑っていきそうです〜。 とにかく、 北五井富士を造った富士講員(山水講)が、中道めぐりの偉業をたたえて「主杖流」と刻んだ碑を置いたことは明らかですね。 富士塚にある地名をもとに、富士山の地形に興味を持ったり、好奇心がふくらむことは多々あります。【現象】として面白がっているのは私だけでしょうか。
昨年、目を患っていた方が快方に向かわれ、私が贈ったお守りのお礼を兼ねて、竹谷靱負著 岩田書院「富士塚考 江戸高田富士 築造の謎を解く」を送ってくださいました。
表紙のデザインに使われた、高田富士のミニ金剛杖(昨年のお山開きで頒布された登頂記念)の実物を乗せて撮りました。 昨年9月に刊行されたこの本は、すでに目(手ではなく)にしてました。同氏の過去の著書「富士山の精神史」「富士山の祭神論」は持っていますが、最近は高価な本(今回は手頃な3000円ですが)は手が出なかったので、図書館にリクエストして購入してもらったものを借りて読んでいました。でも、娯楽本と違ってこういう類いの本は持っていたいもの。大変有り難かったです〜♪ 竹谷靱負氏は、今年元旦の日本経済新聞の文化欄にも、富士山の研究者かつ吉田御師の末裔として、記事を寄せていました。文中でふれていましたが、「富士山文化研究会」(前身は富士信仰研究会)の現会長でもあります。会は、故岩科小一郎氏の門下生の方々が中心となっています。 私も富士山文化研究会の発行する会誌の存在は知っていましたが、昨年2月、竹谷先生にお目にかかれた折に知り合えた、メンバーの方たちから原物をいただきました。現在10号ほど出ていて、どれも興味深い研究内容です。岩田書院から購入可。 実は、ほぼ全刊いただいたのに、あまりに忙しくてしばらく本棚のこやしになっていました。【町歩き系富士塚PR隊員】の私ですが、ひそかに勉強は続けるつもりだったのに(すみませ〜ん!)。 でも、時折目を通すことがあり、先日は、ずっとナゾになっていたことが解決しました。 つづく。 |
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プロフィール
HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
………………………………… 富士山に登りたくても登れな い人たちの為に、江戸時代に 関東各地に造られた「人造富 士山」のこと▲です。富士山 を信仰する▲▲▲富士講によ るもので▲▲▲▲▲したが、 地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富 士山が出来たことで、多くの 人が登山でき、大流行しまし た。民衆のパワーですね♪♪ 富士山の溶岩をのせ、一合目 から頂上まで登れるようにな っています。意外なところに ひっそりたたずんでますよ。 ………………………………… ▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼ ………………………………… 美しい作品も好きだけど、コ ンセプトありきで表現するこ とに喜びを感じるビジュツ家。 表現形態はこだわりません。 現在、富士塚のコンセプトに インスパイアされ、色々な媒 体で表現。著書の【ご近所富 士山の謎】【富士塚ゆる散歩】 も、私にとっては作品です。 なぜ富士塚か……それは、海 外生活での体験から。詳しく は本のあとがきに記してあり ます。 ★★★★★★★★★★★★★ お問い合わせ、ご連絡は↓ y♡k♡◆ris◆k◆.◆rtist★gm◆il.c♡m (♡をoに◆をaに★を@に変えて 入力して下さい) ★★★★★★★★★★★★★ 掲載の写真・イラスト・文章等の 無断使用・転載は御遠慮下さい ★★★★★★★★★★★★★
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