▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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下新倉富士は、日の光りを浴びるとこんなにイイ感じ。(大泉富士や下練馬富士や浅久保富士と同系の丸吉講の築造)



昭和の頃の写真を見ると、登山道がくっきりしてるし、きれいな円錐の山容もわかるのですが、現在は植込みがこんもりしています。また、以前は石碑も全く違う位置にあったのがわかりました。



浅久保の文字が読める古い碑が斜面に倒れていたりしますが、



昭和10年以降の新しい講碑もあり、ほかにもいろいろ。特に明治4〜5年のものが多く、塚の築造は明治4年とされているようです。



この水盤が明治4年のものだからでしょう。左奥にいるのは、対の猿ですね。



壊されていることと、石の具合から察するに、これもかなり古そう。二匹並んでいるのは後年何かの都合によって並ばされたのでしょう。(台座も固定していないし)



頂上の浅間大神の碑がナゾです。裏に嘉永元年(1848)の年号が刻まれています。
でも、(近くの白子富士の築造が明治3年、浅久保富士が明治6年ということから)下新倉富士の築造年が明治4年説に落ち着いたのはいいとして、この山の模様は他の丸吉講とちょと違う。

峰の数が3つでなくて4つです。(左側が欠けているから5つの可能性も?でも5峰は。。。お伝え本の中に見たことあるけど、石碑にはないかな〜)4峰を使った紋を持つのは、丸瀧講と官位講と丸岩講くらい。てことは、白子富士を造った丸瀧講のものでしょうか???

他の講からの奉納碑ってのもよくあることで、その可能性もあると思ってこの碑の奉納者名を調べてみたら、どうやら白子の人ではなくこの地域の人たちでした。う〜ん。てことは昔はここも丸瀧講で後に丸吉講になったとか?白子の丸瀧講(白子出身の商人が江戸から丸瀧講を持って来た)が伝わってもおかしくない。

でも嘉永年間は古すぎる。いや、時々ありえない年号を故意に刻むことはあります。昔の人の「シャレ」なのか「見栄」なのか。。。まあだからこそ、文字はあまり信用しなくてもいいのでは、と思ったりするんですが(笑)。
私は、富士塚は「謎多きことも魅力のひとつ」と思っていますから、これもロマンのうち。それに、近代/現代人があちこち移動して辻褄合わなくなっているものも多々ありますからね。(そう考えると、学者さんは翻弄されっぱなしで御苦労ですね)



さて、下新倉富士のあるのは下新倉氷川八幡神社。なかなかいい社殿です。



5叉路の道からはこんなふう。謎多き富士塚のある一帯は、農村の風景が続いていました。。。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


だいぶ前になってしまいましたが、和光市3富士塚をめぐるツアーは、和光市の旧川越街道を歩くルートでもありました。



地図は、まだ「東京外環自動車道」も「笹目通り=主要地方道練馬/川口線」も「バイパス=254号線」もなかった昭和12年当時のもの。右端から上にかけて「東武鉄道」が走っています。今の東武東上線ですね。和光市駅は地図からはみ出ています。

実はこのあたり、現在は「川越街道」と名のつく道が3つあって、とても複雑です。地図のほぼ中央を通っている道に川越街道と記されていますが、これは県道109号のことです。一般的にはこれが「旧川越街道」と呼ばれています。後にできた254号線(右下の東崎橋から南西に向かって枝分かれして西に続く道ができた)のほうを「川越街道」と呼ぶことが多いからです。では、もうひとつの川越街道はどこかというと、くらやみ坂や大坂を通る(地図の中でピンクのドットが通っている)「旧川越街道」よりも古い、くねくねした道です。(ドットは散策コースのみ)
この道は、白子宿(白子富士の東側)を通っているので、本当はこれが「旧川越街道」で、江戸時代の川越街道を指すわけです。まあ、とにかくややこしい。地元の方も、会話の中で間違えるほどです。

↓現在はこうです。ややこしや〜。



その旧川越街道が、左端から下って川越街道と交わるまでは「引又道」、その先、くらやみ坂あたりまでは「浅久保通り」と呼ばれます。



引又道道標(庚申塔)は、旧川越街道と川越街道が交叉する地点にあり、



それぞれ「川越道」「引又道」と読めます。これが見つからない時は角の酒屋さんに聞くといいです。
「いやぁ。庚申塔は数メートル動かしちゃったんだよ」
「旧道?右へ行ってごらん。浅久保通りって書いてある」
「今は川越街道と言ったら254のことだね。車社会だから」



おじさんが熱弁をふるって教えてくれます。特にくらやみ坂のこと。
「昔はホントに真っ暗だったんだからぁ〜。傘を盗まれても全くわからないさ」
↓今はこんなに見通しがいいですが。



くらやみ坂の手前には、馬頭観音や代官屋敷などの見どころや、浅久保富士がありますが、笹目通りを越えて大坂に入ると、これが感動的。急な坂を下るのです。

昼間だというのに、妖怪が待っていそうな、しっとりした闇の気配。怖くはないけど、谷へとずんずん降りていくフシギな感覚はなかなかいいです。





道が舗装されているとはいえ、土地から立ちのぼる「水」の気配が漂います。民家からもきれいな水が。
酒屋のおじさんも言っていました。
「白子ってのは、水が湧き出ているっていう意味なんだよ」

大坂を下りきると白子宿に入ります。



こんなカッコイイ魚屋さんは白子富士のすぐ近く。

そうだった!そうだった!下新倉富士のことを忘れていました。
白子富士のある熊野神社を北に通り抜け、北上したのでした。

長くなってしまったので。。。つづく。(だいぶ、はしょったのになぁ)


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


千葉地区2回目は、予定を変更してミニミニプライベートさんぽの旅となりました。
当初のツアーは、流山にある流山富士と松戸にある根本富士が目的地だったのですが、参加予定の方が行けなくなったことで急遽ツアーを返上し、松戸在住の友人と散策いたしました♪

「おそらく今までになく巨大な富士塚だよ♪」
「わーい♪」

こんな日も楽しいものです♪ 感謝♪

松戸は宿場町でしたから、やはりたくさんの富士塚が点在しています。友人は、去年のツアーで根本富士も松戸富士もそして流山富士も登拝の経験がありましたから、今回は小山富士を案内しながら、てくてく散歩を楽しみました。



松戸駅を背に南下し、松戸神社の境内を通り抜けて、歩きます。古いお寺にふと立ち止まり、ゆるやかに流れる時間を味わったり、



町を流れる坂川にそっておさんぽ。こんな古くてシャレた橋(明治時代に造られた「小山樋門」)なんかもあって、川沿いの散策はいいです♪

角町あたりから川は西に曲がるので、散歩コースは川から離れて常磐線の線路近くまで戻ります。
「ちょっと那覇の裏道っぽいね〜」などと話しながら、花々が香る細い坂道をくねくね下りると、



大きな木造の建物があって、



中は市場のよう。



「キャベツ富士」がふたつ見えました〜♪



ほどなくして、線路をまたがる歩道橋を渡ると、正面に大きな森が待ち受けます。



線路沿いにも民家にも、花があふれていました。ホントにこの季節はいいですね♪
小山富士のある浅間神社は目の前ですが、ちょっと寄り道します。



この渦巻きは。。。蛇です。

浅間神社(と線路の間)にある、小さな弁財天?(名前は忘れました)の社に並んであります。ここにはこれらしかなかったですが、松戸市役所に隣接する池田弁財天へ行くと、



↑その蛇の数に圧倒されますよ〜!
かつて平潟遊廓の遊女が願かけをしたという池田弁財天は、ちょっとオドロオドロな雰囲気ですが、
↓この中は、湧き水がたっぷり流れ、清々しい一角でした。紅葉の季節に訪れると。。。





こんなにキレイ!

そこを出て、ちょっと南から浅間神社をながめます。



こんなにこんもりとした山です。現在、神楽殿は修復中。





以前来た時は通り過ぎていましたが、立派な下浅間宮でした。登山道の右側にあります。駒込の下浅間社を思い出しました。富士塚にはよく「小室(おむろ)浅間」と刻まれた石碑がありますが、それと同じかと思います。(小室浅間=通常「下浅間」と呼ばれる富士山下宮小室浅間神社)



お百度参りか、健康のためか、おひとりで何度もお参りしている方がいました。

長くなっちゃったので、あとは、過去の小山富士の記事へ。。。

オマケ♪
その後、2駅電車に乗って、亀有まで行ってみました。古い商店街のお店に入り、



ザーサイの塩漬け(珍しい!)をいただきました。 奄美の黒糖焼酎によく合って美味でした♪
亀有は初めて降りましたが、商店街で売ってた野菜にビックリ!安くて新鮮だったので、山のように買って帰りました。いい旅の一日でした♪


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ソフトが不調だと思ったら今度はハードが不調で、しばらく途方にくれておりました。再起動を繰り返しながら、しかたがないのでその間、オブジェに手を入れたりしていました。

やっと修復できたら日付が変わっています。まあ、できるところから。

たいぶ日がたってしまいましたが、先日の「荒幡富士」。



昨年は本の取材でお話をうかがい、今年2月にはNHKの番組に一緒に出ていただき、お世話になりっぱなしの荒幡富士保存会会長の金子さんにこの日もお世話になりました。いきものふれあいセンターのスタッフや地元の方、近隣からいらした方と一緒に登拝いたしました。



この季節、ツツジとヤマツツジがとても美しかったです。
塚に関する新しいお話もた〜くさん聞けました。(くわしくは後日)
本当にありがとうございました。



頂上では、展望図の看板が新しくなっていました。そう言えば、2月、番組の収録に訪れた際、「これはもう10年くらい経っていて古いんですよ。もう変えなくちゃ」とおっしゃっていました。収録の直後に作り変えたのだそうです。

看板の下のところにつけられているのが「彩の国・景観賞2008」のプレート。2月12日に金子さんたち保存会と地域の方たちが埼玉県知事から表彰されました。



3月、受賞に関する新聞記事をいただいていたので、ブログで紹介したいと思っていました。(この他にも記事はありますが)

今年度で22回目を迎えたこの賞は、「たてもの・まちなみ部門」のほか、住民が主体となったまちづくり活動や、良好な景観を守り育てる活動が対象となる「心のうるおい部門」があり、保存会が中心となって続けている「荒幡富士の清掃活動」が、後者の部門で受賞されました。おめでとうございます。

でも、年に2回、保存会と地域ボランティアが荒幡富士を清掃するのは知っていましたが、おそらくそれだけではこんなに綺麗には保てないと思います。この富士山を愛し、いつも手入れを怠らない方たちの努力があってこそこんなに清々しい場所となったのでしょう。

清掃するということは「お浄め」でもあり、そこに神様も降りて来る。立派な聖地ですね。山は有り難い姿で訪れる人を迎え、そこに立てば人も気持ちいいと感じる。(私が好きな竹富島が「神高い」のも、島の人が早朝から道を掃き浄めたりして、清掃を続けているからだと気づきました♪)

さて、昨日、金子さんから連絡がありました。今年の夏の清掃には、子供たちのボランティアが増え、なんと総勢200人でやることになったそうです。また、最近荒幡富士が注目されていて、訪れる人も増えているとのことです。本当に有り難いことですね。私も嬉しいと同時に、地域の方たちと交流を持てることに、心から感謝しております。

ちなみに清掃日は6月14日です。登拝の状況はよくわかりませんが、その日を狙って行かれるのもいいかもしれませんね。いつもとは違うお山の姿を感じられるかもしれません。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


各ツアーの詳細は、クラブツーリズムが担当だったのですが、残念なことにホームページに反映されておりません。
ドコにあるの!?とよく聞かれます。確かに不親切な画面ですよね〜。問い合わせたところ、技術的に(?)限界があるとのこと。なんてこった!

私からおわびいたします。
そこで、それぞれをPDFファイルにしてアップしました。(←削除済)

● 5月30日
『台東区のお富士さんとお祭りをめぐります。珍しい縁起物もこの時のみ』
【下谷坂本富士 ⇒ 浅草のお富士さんの植木市】

● 6月3日
『浅間山から富士山を遥拝した後、厳かな神事に参加』
【多摩川富士と富士見坂 ⇒ 千駄ヶ谷富士の山開き】

● 6月6日&10日
『この祭でしか登れない白山富士と仰天富士塚(墓)。文京ねり歩き』
【白山富士の文京あじさい祭 ⇒ 海蔵寺の身禄(墓)富士 ⇒ 駒込富士】

● 6月13日&17日
『江東区と中央区の富士塚をめぐります。すべて石積み江戸の匂い』
【砂町富士 ⇒ 深川八幡富士 ⇒ 鉄砲洲富士】

● 6月20日&24日
『知っているようで知らない3つの目黒富士のナゾにふれます』
【目黒元富士 ⇒ 元富士跡 ⇒ 目黒新富士 ⇒ めぐろ歴史資料館】

● 6月30日
『山開きでしか登れない下谷坂本富士。祭りで目覚める駒込富士』
【下谷坂本富士の山開き ⇒ 駒込富士の山開き】

● 7月1日
『この日しか登れない2つの富士塚と、フジッ子で盛り上がる町』
【千住宮元富士の山開き ⇒ 池袋富士の山開き ⇒ 十条富士の山開き】

● 7月4日&8日
『リュウテツで新撰組ゆかりの流山へ。城趾にそびえる根本富士にも』
【流山富士 ⇒ 根本富士】

● 7月11日&15日
『個性的な富士塚3種。日比谷線沿線つながりで』
【鉄砲洲富士 ⇒ 神田柳森富士 ⇒ 南千住富士】

● 7月19日
『大久保界隈と違うがここも新宿。富士塚の原点をたどります』
【上落合富士 ⇒ 宝泉寺&最古の富士塚跡 ⇒ 高田富士祭】

● 7月25日&29日
『絶景絶景!遥拝すると有り難い。狭山丘陵の富士ともうひとつ』
【荒幡富士 & 市民の森 ⇒ 所沢富士】

● 8月8日&12日
『川越街道の宿場町〜武蔵野に根強い富士山信仰の証』
【下練馬富士 ⇒ 大泉富士】

● 8月15日&19日
『江戸川区に広がる富士山信仰はてくてくてくてく。。。』
【中割富士 ⇒ 長島富士 ⇒ 桑川富士】

● 9月1日
『ちょっと学習、激しくご利益。ダイナミックな火祭りを体験』
【清瀬市立歴史博物館 ⇒ 中里富士の火の花祭り】

● 9月5日&9日
『漁村に根強い富士山信仰。庚申塔もめぐってみます』
【当代島富士 ⇒ 堀江富士 ⇒ 猫実富士ほか】

● 9月12日
『今年最後の登拝のチャンス。そして江古田富士のパワーでマイ富士造り!』
【江古田富士 ⇒ ワークショップ】
てなことを言っているのは「ちい散歩」のナレーションですが、富士塚めぐり散策ツアーだって、ちょこっと冒険を入れたりします♪

この日の冒険はどんなだったか。それはのちほど。



東京地区の初回のみ、簡単なお話からスタート。富士山信仰の歴史よりも、ビジュアル中心に進めました。DVDを使ったり、富士塚が掲載されている江戸切絵図を手に取って、富士塚探しをしていただいたり。。。
「富士塚を造ってみます」と使った小道具は、



こんな感じ。横浜の長津田で制作したメタル富士をヒントに、和傘を開いてパーツを乗せてみました。

さて、外に飛び出して成子坂を横断し、成子天神へと向かいました。
あ、でも、今回は富士塚は一切アップしないで、富士塚間の散策画像のみで参ります。



正月1〜7日にしか登拝できない成子富士を外からぐるぐる眺めた後、隣接の西新宿8丁目を徘徊。そこに残された「昭和な空気」をたっぷり味わいました。「昔は『柏木』っていう地名だったんですね〜!」



この集合住宅の隣は「紫」でなく「白」。
富士山ファンはすかさず「同じ名前の山小屋がありますよね♪」



税務署通りに出て、ひたすら東に向かい、ガード下をくぐります。

来る度に韓流スターのポスターが増えていく職安通りに入り、ド○・○○○○で探し物をしたり(笑)。
しばらく行くと、



稲荷鬼王神社に到着。水琴窟やかえる石を楽しんだ後、西大久保富士を拝みました。

さて、ここからはもっとディープな旅。歌舞伎町の中に、富士塚が2つもあるわけですから、新宿の富士塚ツアー後半は、歌舞伎町ツアーでもあるのです。なかなか歓楽街に足を踏み入れないという参加者の方たちは、小さな「冒険」の始まりでした(笑)。





区役所通りを下ります。すれ違うホストの数が増えてくると、だんだんケバい雰囲気になってきます。ホストの顔写真であふれた一角にある花屋には、他では見られないような、ラメで飾られた薔薇の花束がぎっしり!生花です。
まだ日が高いですが、歌舞伎町の一面を味わっていただけました。



ひょいと裏に通じる抜け道があります。



もうひとつのラビリンス。ゴールデン街に到着です。近年はとてもオープンで、管理もされるようになりました。お店マップもありますよ。基本的に写真は撮らないほうがよいのですが、以下、下見の時の画像から。






昔ながらの店/新しくオサレな店が混在しています。イベントも多いです。一時、半分が店を閉め、ゴーストタウンのようだったのが信じられないくらい。昔のような妖しい雰囲気はもうないですが、やはりアングラの匂いは残っておりました。今は、ビジネスピーポーも多いでしょうが、昔は特に、作家、芸術家、演劇関係者、編集者たちが狭い席に肩寄せ合って熱い会話をしていた場所です。私が初めて来たのは役者の知人に誘われて。



一角には劇場もあり、いつも若者でいっぱいです。



ゴールデン街からも見えるのが、花園神社です。



花園神社境内にある、芸能浅間神社の新宿富士の入口。数々の芸能人の名が見られますが、唐 十郎や外波山文明の文字にぐっとくるのは私だけでしょうか。

参加者の皆様、おつかれさまでした。そしてありがとうございました。おもしろかったですね♪


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


池辺富士から西に向かいました。二の丸という町名の住宅街を通って来ましたが、この付近に川和城があったからです。



「こぶし公園」と呼ばれる坂を登りきって、後ろを振り向くと、さっき登拝した池辺富士が見えます。

都田公園の横を北上し、川和東小学校校門の向かいにあったのが、



こんな道標。「左 かわわ 右 さえど」
さえどとは、川和町の南に隣接する佐江戸町のことです。「西土」と書いた地名が「佐江戸」と変化、中原街道を通ると江戸に着くことに由来しているとのこと。佐江戸城ってのもあったそうです。



小学校の北側にあるのがこの、川和富士公園。このあたりの町名は、富士見が丘。まんまです。



プールの屋根だけでなく、公衆トイレの屋根まで富士山のカタチです。



ド〜ン!とデカい川和富士です。右側に小山もありで、とにかくすごいスケールです。



登山道はとってもシンプル。



こんな富士塚は他にあるでしょうか?とにかくデカい!ダイナミックです。



地元の方が、頂上でストレッチ。風を受け、汗もひっこみそうです。



便利な指標盤です。富士山の方角や高尾山、伊豆半島。。。池辺富士のとなりに都田富士(まだあるのでしょうか?)



さて、同じ富士塚のある公園でも、ここは先の山田富士公園とは違います。こんな現代のモニュメントはあっても、富士講のしるしが全くないのです。では、これはただの築山?

いえ、れっきとした富士山の信仰の遺物です。でもこれは移築というか、新しく造られたもの。最初の富士塚は、この位置より200mほど北西にあったそうです。万延元年(1860)に着手され、明治24年(1891)に完成し高さは約27m、底部直径は40mだったそうですから、この富士塚(高さ14m)の約2倍もあったんですね!?

そして、築造当時の「浅間大神」の碑は、八幡神社に移転されたとのこと。

当初のプランには入れてなかったのですが、ここまで来たら
「それもちょっと確かめたいですね〜」
「行っちゃいますか?」



皆さんの好奇心もムクムク。地図を頼りに、八幡神社を探しに散策の延長に出ました。川和富士から直線距離で西に700m。



こんな光景や、



こんな光景を見ながら、のどかな農道をくねくね。迷いながらも辿り着いたら、



立派な八幡神社に出会えました。参道には桜の老木が連なり、とても趣きあるいいところでした。
さて、「浅間大神」の碑は、この画像の右奥。墓石のように見えるものです。



いい文字です!



台座に「川和中」。



側面には「明治廿四年四月……」。



台座の背後は、深く削り直して文字が刻まれていました。
「昭和五十二年七月吉日ニュータウン建設工事のため富士塚より遷す」

私もこれは初めて見ました。こうして出会えたのは感無量でした。おつきあい下さいました皆様、感謝でございます。森の中は気持ちのいい空間でした。



なぜ「浅間大神」の碑がこの位置にあるのかは、左の神様(この土地の神様「大王宮」)に呼ばれたからなのだそうです。参加者の方が教えてくださいました。物理的な人間の事情だけでなく、神様のポジションにもちゃんと意味があるのですね。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


次に向かったのは「都筑ふれあいの丘」(グリーンラインで北山田から3つめ)。



ここからは2つの富士塚をめぐります。



富士塚を意識してか、プールの建物までが富士山のカタチなのです。



駅から東に歩くとなだらかに畑の続く斜面が見えてきます。ちょこっと池辺富士が視界に入ります。(これは3月の画像)



そして、今は、登山口には鮮やかなピンクのツツジが♪ 朽ちかけた鳥居がいい味を出しています。



全貌はこんな感じの池辺富士です。



前回訪れた時は、蜘蛛の巣が行く手を阻んでいましたが、今回は全くスムースに登頂できました。



頂上には石祠と水盤があります。



石祠に刻まれた文字を読むため、水をかけました。「富士浅間大菩薩」。やはり仏教色の強い、古いものです。(築造は寛政8年=1796年。管理はここより南にある福聚院さんです)

下山道は螺旋の道。きれいに手入れされておりました。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


横浜ツアーの記事の途中ですが、ちょっと連絡です。

ツアーに興味を持たれる方の中には、PCをさわったことのない方もいれば、サイトを見ていらっしゃる方もいます。電話がお嫌いな方、入金する時間のない方、たくさん歩きたい方、そうでない方。もうまちまちです。また、おひとりおひとり、年齢層や興味の種類が違いますので、御希望や問い合わせもそれぞれ異なります。私もできるだけ丁寧に対応させていただいておりますが、なかなか作業が多くて追いつきません。でも、今後共努力いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

修正箇所も、出るたびに更新や補足作業を頑張っています。
ところが、ちょっとソフトに不具合が生じました。

PDFファイルが作成できなくなりましたので、しばらくJPEGのみでまいります。



砂町富士→深川八幡富士→清澄庭園の日の変更です。画像のとおり、清澄庭園あらため鉄砲洲富士へ行くことになりました。



スケジュールはこんなです。参加される方個々にも連絡がいくと思いますが、よろしくお願いいたします。

取り急ぎ!



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


すでに複数のツアー参加リピーターもいらっしゃいます♪ 心から感謝の気持ちを申し上げます!
この日は、都筑区にある3つの富士塚をまわりました。

まず、山田富士。



北山田という駅のある市営地下鉄グリーンラインは、まだ開通して1年とちょっと。横浜の方にもあまり馴染みがないようですね。おまけに運賃が高い。駅員の方とおしゃべりしているうち、「そうですね〜。高いですが、これは10年規模で乗降客の数を集計して…回収できるかと計算して…」などのご説明を受けたりして。「では10年後は安くなるんですか?」「いや〜それはないですが(笑)」「あらら」「その頃自分は定年でもう……」そんな会話になごんでしまいました。。。

ちなみに、地名としての山田の呼び方は「やまた」と濁らない。
富士塚は「やまだ」ふじと呼ばれますが。

最近の記事にたっぷり書きましたので、富士塚の詳細は省きますが、



駅の南側からも富士塚の頂上が見えます。(3月撮影。デニーズ駐車場からの画像です。コブシの白い花が写っていますね)



赤い矢印の方向から見たのでした。



自分ひとりで土地カンのないところを行く時は、こうしてコンパスに頼ることが多いですが、今回横浜の方ばかりいらしたので、すぐに富士山の方角がわかりました。頂上ではいろんなランドマークが見えて、話に花が咲きました。

さて、当日のウンチクの一部。
ここは公園になっていますから、神社もお寺もないですが、山田富士はもともと長泉寺の寺領でした。太子堂があって、そこに村の人たちが集うようになり(おそらく寺子屋のように学習もしていたと思われます)、集会所として使われるようになったことから、のちに、村が富士塚も含めてお寺から借りることになったようです。

横浜では珍しくありませんが、富士講と大山講は一緒に行事をすることが多かったです。大山詣と富士詣がセットに行なわれることは各地でよくありましたが、大山講の「雨乞い行事(大山からの水を使ったり、地元の川に入るなど)」に富士講も参加していたのは、横浜ならではです。

桜の頃には富士塚に人が大勢訪れ(近くの綱島から芸者が来て盛り上がる姿も)、毎年7月1日には村総出で草刈りをし、愛され続けた富士塚でした。

また、戦争中には軍事訓練校の演習場になったという一面もあります。急斜面を腹ばいになって頂上を目指したそうです。

富士塚の歴史は、ニュータウン建設で大きく変わりました。管理が公団の手に移ってから、仏像や石碑等が盗まれて、村(町)は抗議をします。でも、横浜市は「公園として開放されるには地蔵等は撤去すべし」と言い、村としては信仰の対象は残したいと主張。協議の末、「富士塚で祭はしない」と誓約書を書かされて、残りの石像物は撤去を免れたのです。

このように、立派に塚は残っても、儀式がなくなるのはこんな経緯があるのです。現代に引き継がれなかったのは残念ですが、「過去を知る」ということは大事ですね。そして「現場で感じる」ことも。この日「信仰の気配」に敏感な方たちもいらしたことから、ツアー後半は、充実の展開があったのでした♪

つづく。。。


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プロフィール
HN:
芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
▼▼▼【富士塚】とは▼▼▼
…………………………………
富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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