▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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猿像の土台をよく見ると、



縦にザクザク刻んで蓮華のようになっています。



奥宮を挟んで、両脇に座しています。奥宮は、同じ川越の仙波富士雀ノ森富士のものとよく似ています。

横から猿たちを見ると、



こんな感じ。
豊田本とは、町の名前。



バス停にもほら。
富士塚は、川越駅の真西、尚美学園大学そばの白髭神社にあります。



カーブした車道のコーナーに神社があり、富士塚は境内すぐ右に。
赤い鳥居は富士塚の奥宮に面していますが、



塚への登山道はやや右側から始まります。
ボク石はあまりないですが、山肌には丁寧に植えられた緑の苗。2年もすれば、きっと色鮮やかな山になるでしょう。

とてもいい塚です。
つづく。。。
川越には、なぜ御幣を持った猿が多いのでしょう。



豊田本(とよだほん)という地域に、こんなかわゆい猿がいました。

つづく。。。
富士塚の頂上にまた小さな富士塚が!?



拝殿の奥にある本殿をボク石で固めたため、そう見えるのです。
そして、その後ろにあるのが火口です。



お穴と呼ばれるこの火口は、初山祭りのときには、賽銭が投げ込まれます。
本物の富士山の火口も、昔から賽銭を投げ入れる巨大な賽銭箱でした。
だから、これも「れっきとした」ミニチュアなのです。

中から見ればこんな感じ↓



頂上にはいくつも石碑がありますが、



これは、よく見かける富士山型ですね。
熊野堂富士にもあったし、目黒元富士にもあります。
というか、このシェイプはよくあります。

下山道は裏側にちゃんとあります。



「く」の字に折れ曲がっている踊り場には、石祠があります。



小御嶽かと思われますが、台座に刻まれた文字を見て一瞬ビックリしました。



砂村だって〜!?

ここの山吉講の兄弟講、江東区砂町(砂村)の山吉講(お水講)から寄進されたか?
と思ったのですが、川越にも砂村がありました。

そしてそのまま下山すると、



広くゆるやかな道をたどり、



下界に戻りました。



登山道に戻って来ます。これはイイ!

登って降りるという行為は、シンプルながらも、ある意味哲学的です。
登るは「挑む」「願う」「上を向く」。そこには向上心が宿っている。
そして下りるは「完結する」「自分を見つめる」「次の進路を目指す」こと。

そうそう。
富士塚を、イサムノグチは知っていただろうか、と思うことがあります。

私の敬愛するイサムノグチは、


いくつもの素晴らしいノボリモノを残しました。
彼は、遊具(滑り台)として使える作品について語っています。

「僕の作品は子どものお尻で磨かれて完成するんだ」

富士塚も似ています。富士塚は、登って下りて完結するのですから。
川越の富士塚はちょいとフシギ。
川越というか、雀ノ森富士とここの富士塚の特徴なのですが。



塚全体の頂上に、さらに尖った塚があります。
正確には、奥宮をボク石で囲んだ姿が小さな富士塚に見える、
ってことだけど。その二重構造が愉快で◎。

社の左右には、



ペアの猿像が笑ってます。
烏帽子をかぶり、御幣を掲げる♂猿と、神楽鈴を振る♀猿です。

烏帽子猿は、昔の猿回しの猿の典型的な姿ではありますが、
もともと、山王信仰の神使としての猿のイデタチ。
神使と書いて「まさる」と読むそうです。魔が去るってゴロ合わせね。
富士山信仰は、庚申信仰だけでなく山王信仰も混ざったという証拠です。

一方、鈴鉾を持つ♀猿は、まるで角隠しをかぶった花嫁みたい。
たぶん手ぬぐいを頭に乗せて、吉原かぶりしているのでしょう。

つづく。。。
富士塚には、平地に盛り土して造ったもの、土地の傾斜を利用したもの、
もともとあった古墳などの塚を転用したものなどがありますが、

川越市富士見町にある仙波富士は、古墳だったそうです。



ここは、毎年7月13日に初山祭りでにぎわうお富士さん。
参道(登山道)の裾には、



ヤマキチ講の水盤がありました。古いです。



古くてイイ感じの浅間神社の社殿。



ああ、こんな奉納品が♪ ステキですね〜。
無人の拝殿で時折目にする、地元の方からのささやかなお供えもの。
ぐっときますよ。

後ろを振り返ると、



急な石段が。初山祭りでは、ここに人々が行列を作るのです。
初山祭りは東京にはなく、このブログ内では栃木と群馬の初山レポを
書きましたが、実は埼玉が一番多いです。

つづく。。。
昨年のお山開きは、CSテレビ、ワンダーJAPAN TV #9東京の富士塚の取材でレポした十条富士です。





例年と同じ、十条っ子で盛り上がるお富士さん。

今年はどんな様子だろうか、と思いながら訪れました。
実は、ここ数年、塚の面する岩槻街道の拡張のため、
十条富士の取り壊し問題で気をもんでいたのです。



この塚が、左(道路側から)半分削られるしまうのは、正直、痛々しい。
今年が塚の見納めか、と内心フクザツでありました。

砂町富士の直会でいただいた、お酒の酔いがようやく醒めた頃、
講元と世話役から、ゆっくりお話を伺うことができました。
場所は塚の西側に隣接する集会所の座敷。講員の控え室です。

「昨年はお騒がせしました。いきなりですが、例の問題は?」
「お富士さんは存続です。お祭りも変わりませんよ。」
「えっ? それはいったい。。。?」

結論からいうと、
塚は、数メートルの移築ですむということでした。

道路拡張のため、塚は削られるけれど、
その分、集会所の建物と合体するという計画があります。
つまり、塚全体を西に数メートル移築し、頂上の奥宮も
集会所建物の上部に乗り上げる、というわけです。

私はひそかに安堵しました。

姿を少し変えることになりますが、塚の移築ですめば最小の
ダメージになるのです。

時代の流れには逆らえないけど、富士塚の存続にいくばくかの
創意工夫があれば、私個人としてはとても嬉しいことなので。



集会所の外階段から撮った写真です。
塚の上部は、3月の大地震にも耐えた金属補強が健在でした。

なんだかんだ言っても、今を生きる人が一番大事。
今を大切にすることが未来につながることだから。
そう思えば、カタチを変えることくらい大したことじゃあない。
工夫をほどこすかぎり、きっと先人の想いは消えナイ!

そう思いながら、十条を後にしたのでした。

ちなみに、ひとつ前の砂町富士も、
昨年には取り壊しの計画があったのです。

毎年、いろいろ学ばせてくれる富士塚なのです。
富士塚の麓に里宮があります。
そこで元八幡の宮司による祝詞奏上の後、富士講による玉串奉奠がありました。



私もしっかりお参りさせていただいて。



朝の涼しい光の中、静かに流れる儀式のとき。



富士塚の頂上にお供えしていた鏡餅。朝つきたてのおいしいお餅♪
浅間嶽大日如来の石碑は富士山の方角です。



直会では、お寿司やお酒をいただきました。おいしかった〜。
ごちそうさまでした!



20代の青年もいる若い講員たち。実は江東区区長も富士講です♪
皆様お世話になりました。いつか富士登山お供いたします。
もう3か月半も経ってしまいましたが、
今年行ったお山開きのレポその1。



新しく染め抜いたマネキがまぶしい〜!!
江東区の元八幡、砂町富士の開山式は、朝10時から。



講の方々が集まって来ました。
ここの富士講は、通称「お水講」。新しい講元はプチ飲み友達ですっ。
酒豪でなければ講員になれないとかなれるとか(笑)。

つづく。
7月1日のお山開きに、まだ行っていない富士塚がありました。
(いや、実はまだたくさんある。同じ日にまわりきらないですから〜)

今年は、江東区2か所が初めてでした。

深川八幡富士でも麦藁蛇は頒布されます。





大きさは、十条富士のや駒込富士のより小さめだけど、虹色のタグが美しい。

もうひとつ、白蛇のお札もいただいたけれど、撮影はまだなのでそのうちに。

ちなみに今年は、御縁のある江東区と北区の富士講の方たちと過ごしました。
両方とも塚の移築が懸念されていたところです。

つづく。。。
文京区あじさい祭りに行って来ました。場所は白山神社。



はぁ〜。どこでブレたんだろ。でも紫陽花は写っている。



午前中はまだこんなですが、この後あっと言う間に登山道は渋滞となりました。



富士塚の麓には、こんな講碑があります。
指ヶ谷町と刻まれた文字に、びっくり&にんまり。

最近、御縁があって、白山通り沿いの住人たちとよく会います。
指ヶ谷町の方ともお会いしますが、今まで何度も見てきたこの講碑に
馴染みの町名があったなんて!全く気づきませんでした。

また、白山神社の社務所は、知り合い(某藩主の末裔A氏)の元邸宅の
一部だったことも判明。
おまけにその方は、私の身内と懇意にされてたと最近知り。。。

いろんな御縁に驚くばかりの今日このごろです。


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地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
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士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

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…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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