▲「富士塚」だけで日記が書けます♪▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲
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西大久保富士のある稲荷鬼王神社で、待ちの間、ふと空を見上げたら、


青い鳥の巣が目に入りました。


拾ったハンガーで作ったカラスの巣でした。
そういえば、下谷坂本富士の傍らにもありましたっけ。白かったけど。


荒幡富士に行ったら……雪でした。

なんて冗談ですが、これは富士塚のそばのいきものの里ふれあいセンターで、
展示されていたものです。きれいな雪景色ですね。暖冬ではもう見ることも
なくなってしまったでしょうが。


これは、震災前の姿。地震でこの塚も崩れ、修復の際に古い合目石が出てきた
と聞きました。五合目の古い石は、その時のものだそうです。(金子さん談)


夏の姿はこんなでしたが、


冬はこうです。植込みが葉を落とし、石碑がよく見えます。
赤い線で囲んでところが「小御嶽」です。


寄りの画像がコレ。

金子さん曰く
「最近気づいたのですが、この小御嶽だけが頂上を向いているんですよ」
「ホントだ〜!!」


荒幡富士の頂上には、「二等多角点」の標があります。さすが!
NHK「首都圏ネットワーク」18:10〜19:00の中の
5、6分間と予告しましたが、18:41〜18:49で、約8分間放送されました。
いい番組でした♪ 有り難いです。

では、収録日に私が撮った現場でのスナップをちょこっと載せましょう。


まず、江東区南砂にある富賀岡八幡宮(通称・元八幡)のひょうきん狛犬。


本殿奥に、浅間神社の赤鳥居と砂町富士。日射しは春ですね。


待ち時間に、境内の片隅でキッズと遊びました。いや、遊んでもらった♪


影を撮るのが好きな私は、鳥居の影をひたすら撮り続けていました。
あ、カメラマンさんが脚立を持って、戻ってきました。


右上の影は、マイクを担いだ音声さんの影ですね。


中央区湊の鉄砲洲稲荷神社にある、鉄砲洲富士です。日が当たってます♪


番組の中でも紹介された、鉄砲洲富士の上空です。
目立つ石は、烏帽子岩と亀岩です。お中道もよく見えます♪
神社とか、神域の中にしばらく身を置くと、清涼感や感謝の気持ちから、確かに心地よくなりますが、時折、ある種の気疲れを感じることもあります。その時の自分の状態と、神様との間に波動(?)のズレが生じているのかもしれませんが、そういう時は、その後にお寺に行くとバランスがとれることがあります。

花蔵院(けぞういん)が、猫実富士のある豊受神社に隣接しています。富士塚からもよく見えるそのお寺は、いい意味で俗界に引き戻してくれる、私にとっての駆け込み寺でもあります。(ちょっとオーバーか)

もちろんお寺ですから俗ではないですが、人間界に近づいているというか、体温を感じるような親しみを覚えます。ちなみにこのお寺では、大晦日に、古くなった卒塔婆を焼く様子を見ることができます。その炎を凝視していると、言葉を失うほどの「恐怖と安堵」の入り混じった、「生まれてきた覚悟」のようなものを植えつけられます。

もうひとつは、神仏混合の時代の記憶(DNAの???)が蘇るような、そんな感じでしょうか。古い神社で(神仏分離令によって)神道一色になったところには、どこかしらぎこちなさや痛みのようなものがあるような気がします。

そういえば、私は一度だけ仏像のモデルをしたことがあります。大学の古美術研究旅行で奈良に行った時、彫刻科の教授で、仏師として知られる故・西村公朝先生の授業で、菩薩の恰好をさせられました。薄い布をひらひらと羽織り、襞を作り、髪を束ね、手には蓮の花をさした容器を持ち。。。油絵科の学生にもわかりやすいように、興味深い授業でした。残念ながら、当時あまり仏教美術に興味がなかったので、ポーズを取っている間取れなかったノートを友人に借りることも忘れてました。ああ、ちゃんと勉強しとけばよかったな、なんて時々思い出します。そうそう、西村先生から言われた「あなたは目もとが涼やかで、仏さんのモデルにぴったりですね」という言葉が嬉しかったです♪

さて、静かな本堂の手前からお経が聞こえて来ました。お参りに来た人が声に出してとなえていたのです。祝詞もいいけど、お経もパワフルだなと感じます。

寺の入口近くに、青面金剛(しょうめんこんごう)が立っていました。


富士塚脇で目にすることも多い仏像です。富士山信仰と共通のビジュアルは、


猿。これは庚申信仰の3猿ですから、富士塚で迎える2猿とは違うけど、庚申(富士山が出現した年)つながりはあります。猿に寄ってみると、

【みざる】

【きかざる】

【いわざる】

と、足を組んで片手を添えたかわいいポーズ♪独創的な逸品です。

ちなみに金剛が手にしているのは、


ショケラとよばれる半裸の女人。ウサギではありません。シバ神が転じたとも言われていますが、くわしくはこんなサイトもありますよ。

青面金剛の隣で穏やかな表情をしているのは、


弘法大師さま。さすが、出羽三山の信仰も根強い千葉県、「湯殿山開山」の文字が読めまする。
私は、浦安の元町地区に住んでいます。ここは、かつて富士講が盛んだった地域とはいえ、ディズニーリゾートのある海側の新町地区に比べてずっと内陸なので、現在、富士山を見るにはそれほど恵まれたところではありません。でも、場所によっては、とてもきれいに富士山を拝めるスポットがあります。

地下鉄東西線浦安駅の、上りプラットフォームの東京寄りに立てば、充分、美しい富士山の姿が拝めるのです。


1月2日の正午過ぎ、こんなにきれいな富士山を拝むことができました。

私にとっての初富士でした♪ 思わず、手を合わせてしまいました。

「ありがとう富士山! 姿を表わしてくれて♪」
明けましておめでとうございます。昨年は、大勢の方にお世話になりました。ありがとうございました。

「やっぱり富士山が好き」と、口にする人の顔には笑みがこぼれます。富士山を好きでいることは、すでに招福の扉が開かれているのです。縁起のいいものを身近に置くことは、幸せになることへの鉄則♪ そう考えると、富士塚は最大級の縁起物ですよね。

江戸人が年中行事にしていた「初富士」は、江戸の町から富士山を拝むことですが、建物で見えなくなった今こそ、近くの富士塚での初富士に意義があります。だって富士塚は、ミニチュアでも富士山です。富士山の神様が祀られているんですからね。江戸時代から続くスピリチュアルスポットなのであります。近所に霊峰があるってすごいことじゃないですか?

さて、私も一番近い富士山と氏神の富士山に初詣いたしました。


まず「清瀧神社」の堀江富士。去年、竹柵ができて登拝ができなくなったけど、こうして地元の人たちのかけがえない参拝の対象です。奥宮にお供えされた鏡餅を、上がったばかりの陽の光が照らします。


そして「豊受神社」の猫実富士。地元の人たちには、なじみの富士山。というかあたりまえすぎてあまりその実態を考えずに登っていた富士塚ですが、実はお正月ならではの光景が見られて面白いのです♪

家族連れでお参りに来る人たちの中で、突然、親がミニレクチャーを開きます。「これはね、昔、富士山に登れなかった庶民が、近くに富士山のミニチュアを作って……」。看板に書いてあることを読むだけでも構いません。靴の紐を結び直してて、お父さんの話を聞いてなくてもいいのです。来年もまた同じレクチャーを受講できます。

いいひとときです。皆でちょっとしたワークショップを味わって、福と一緒に「プラスアルファ」(教養かな?)を持ち帰ります♪

さあ、ご近所の富士塚へ寄ってみましょう。きっときれいに飾られ霊峰の姿をして、参詣者を待っておりますよー。

私はこの後(お山開きと例祭以外は)三が日のみ登拝できる「江古田富士」に行ってきます。7日までは新宿の「成子富士」も登れますよ(NYからのお客さまをご案内の予定♪)。

では、今年もよろしくお願いいたしまする。
NHKの番組で「ブラタモリ」(パイロット版)というのを観ました。


こんな本を書くほど「坂道オタク」で知られるタモリさんは「古地図」も大好き。それを元に町をブラブラ歩けば、昔の姿が見えてくる。という、NHK版タモリ倶楽部のような番組をやっていた。


古地図と言えば、富士塚の絵がカワイイ「江戸切絵図」。先日私も某所で、いろんな時代のいろんな種類の江戸切絵図を見比べたけど、カラフルなものやシンプルなもの、同じ富士塚でも表現が違って面白かったです。

番組では、原宿に出て街歩きをしていた。古地図のコの字も知らない、若いアナウンサーがくっついて。「古地図のどこが面白いんですか」というスタンスの人がいるのも、番組の構成上、メリハリがあっていいのかもしれない。

古地図に載っている川が今はどうなっているかにフォーカスしていました。ズバリ「失われた川を求めて」。
明治神宮の中に湧き水があります。それは現在も原宿駅の方向に向かって流れている。でも駅のあたりに川はない。では消えた川はどこにあるのか。。。

「暗渠だな」タモさんがつぶやく。
「あんきょ???って何ですか?」とアナウンサー。ダイジョウブか!?(笑)

暗渠とは、塞がれた排水溝のことです。明治神宮から流れ出る川は、現在の竹下通りの下を流れ、途中で右折し渋谷川に入っていく。つまりキャットストリートの下ですね。ふふ、私の推理も当たってた!
しかし1964年の東京オリンピックの際に、東京は一気に様変わりしたのですね。

暗渠で思い出した。今年の3月に参加した、練馬区郷土資料室の主催の、江古田富士とそのまわりを観察する見学会。これで、かつて江古田富士の裏手にあった川の存在を知ったのでした。


つまりこの道路の下が暗渠と考えられる場所。大山詣や富士詣の前に禊をした川の水源があったあたり。

私も昔の情景を思い描きながら歩くのが好きです。ちょっとくねった道や、何となく不自然な感じを受けたら、そこには何かワケがある。ちょっと足をとめ、土地から立ちのぼる「気配」を素直に受けとめると見えてくるもんですね。

番組では、明治神宮と表参道の歴史についてもやっていました。あの森をどうやって「造った」か、なぜ表参道ヒルズの敷地が三角形なのか、などなど。。。それから、私も昔から気になっていた表参道のポール・スチュワートの入っているビルの外側、石垣のナゾも判明しました。明治神宮が作られた時、表参道脇に積まれた石垣のなごりだそうです。

この番組はレギュラーを目指しているトライアルだったそうですが、やがてシリーズになるような気がしました。
まだこれから登るのもありますが、今週行ったのは以下です。

まずはポスターから。

【下谷坂本富士】

【池袋富士】

【江古田富士】

【八幡(宿)富士】

【駒込富士】

【十条富士】

十条富士のポスターは撮らなかったので、
代わりに神社近くの演芸場のを(笑)。

それぞれ、詳しくは追々に。。。

祭り最終日。お山に着いたらすごかった。前日よりもすごかった。



手前はカタヌキに興じる人々ですが、富士塚には絵に描いたようになぜか等間隔に散らばった子ら。

と思えば頂上付近に集まるし。

お〜い。場所取りでモメてはいないよね?

え〜?○○チャン(弟)、もう下りちゃうの?

まってよ!頂上を極めるんじゃないの〜?

まいっか。上の奴らは動かないし!

「ボクもちょっと前まで子供だったな〜」



遠くからでもよく見えます。富士塚は舞台の裏、左奥に覗いています。

ちなみに子供たちは富士塚ということを知らずに登っています。でもそれでもいいのです。あっというまに大人になって「ああ、あれは富士塚だったのか」と気づきます。そしていつか自分の子供を連れ、また登りにやって来る。

近所のおばちゃんから聞いた子供の頃の話を思い出して、そんなふうに思いました。
昨日は鯉口シャツ(ダボシャツ)を着て歩き回っていましたが、今日はちょっと写真用に。

記念撮影を山玉講の紋と。ほら、講碑のものと同じでしょ?
(左:猫実富士  右:堀江富士)



「ふなばしから来たの?え?浦安?」と地元の方に聞かれましたが、この法被をいただいたいきさつを話したら「それはご縁があったわね〜。それにしても見事な染め抜きね」と驚かれ、話がはずみました♪ 地元では誰もが知る老舗の方で、ファミリーと従業員が皆、屋号の法被を着ています。法被に特別興味があったのかもしれません。残念ながら山玉講を知る方に会うことはできませんでしたが。。。


あらら、遠慮しないで好きな岩に腰掛けてタコヤキをお食べなさいな。
お祭りだもの。



てなわけで、友人と私は一気に登頂!普段は遠慮してあまり登りませんが、この時ばかりはといい眺めを味わいます。そして下界を見下ろすと、

麓には、富士塚にわき目もふらず、昔懐かしいカタヌキに夢中の人々。でも、大人ふたりが頂上に立つと目立つのでしょうか。続々と子供たちが登って来ました。ふふ。これでいいのだ。






小さい子にはオトナがついて♪

参拝者も屋台もよ〜く見えます。





天狗のそばもゆったりスペース。
(かつてあったろう小御嶽神社の祠の跡でしょう)



下山して裏にまわってみたら、勇ましい兄妹の姿。う〜ん。いいなあ。




気づくと猫実富士は鈴なりの人でした(笑)。


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芙蓉庵 (Yoko Arisaka)
性別:
女性
自己紹介:
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富士山に登りたくても登れな
い人たちの為に、江戸時代に
関東各地に造られた「人造富
士山」のこと▲です。富士山
を信仰する▲▲▲富士講によ
るもので▲▲▲▲▲したが、
地元に▲▲▲▲▲▲▲ミニチ
ュア▲▲▲▲▲▲▲▲▲の富
士山が出来たことで、多くの
人が登山でき、大流行しまし
た。民衆のパワーですね♪♪
富士山の溶岩をのせ、一合目
から頂上まで登れるようにな
っています。意外なところに
ひっそりたたずんでますよ。
…………………………………

▼▼▼【芙蓉庵】とは▼▼▼
…………………………………
美しい作品も好きだけど、コ
ンセプトありきで表現するこ
とに喜びを感じるビジュツ家。
表現形態はこだわりません。
現在、富士塚のコンセプトに
インスパイアされ、色々な媒
体で表現。著書の【ご近所富
士山の謎】【富士塚ゆる散歩】
も、私にとっては作品です。
なぜ富士塚か……それは、海
外生活での体験から。詳しく
は本のあとがきに記してあり
ます。

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